蒸気機関車

2025年12月24日 (水)

蛮勇の成果

ニコンからZ9のファームアップのお知らせが来た。その内容を見たら今回もそこそこの機能アップが図られているらしい。すでにモデル末期となっているカメラながら、それでも「見捨てず」に更なる進化を遂げるのだからさすがフラッグシップ機というか、さすがニコンといった印象。思えば2021年のきょう、12月24日に発売となって丸4年。昨今のデジタルカメラとしては長寿と言える製品で、発売日に入手した身としては愛着もひとしお。動物撮影に力を発揮して大変助かった。

発売当初の価格も今よりも約50000円ほど安くフラッグシップ機としては破格の設定だったことも懐かしい。自分にとって初めてのミラーレスカメラで、一眼レフに比べると使い勝手が大きく異なるかもしれないとの不安もあったが、使ってみればまったく遜色はないどころか凌駕している部分の方が圧倒的。もっと早くミラーレス気が台頭していて不思議ではなかったとのにと感じたものだ。
それが4年間でコツコツとファームアップして今回で14回目。ニコンだけでなくほかのメーカーも含めて、これほど手厚いアフターサービスを無料で提供してくれたカメラはないだろう。

Z9発売後少しして廉価版のZ8がリリースされ、そちらもなかなかでZ9の後発というだけのこともあり、9を超えるスペックも備えていたから、カメラをろくに理解していない評論家の中にはZ8の方が(Z9よりも)優れているという上っ面の評価しかできない浅はかな奴も見かけるが、単に機能面での比較しかできないレベルの低い視座。悪天候下での撮影など「ここ一番」という場面ではZ9の信頼性はZ8とは比べるべくもない。
とりわけバッテリーの持続時間やバッテリーグリップとボディとの接続が少しでも甘い(緩んでいる)と、Z8はすぐに動かなくなるから、これは非常に怖く、いくらZ9よりも安価で高スペックとは言え、表立って語られないこういう部分の欠点は撮影に致命的悪影響を及ぼす。

もちろんZ9とて来年には新型のZ9Ⅱに進化するのは確実だが(大手マスコミの来年度予算にはZ9Ⅱとして予算が計上されている)、手元のZ9は手放せそうにない。

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先月からようやくLINEというものを始めた。正直、この手のものには懐疑的で個人情報の漏洩など大いに不安を抱いていたが、周囲の方々との連絡ツールとしては役に立ちそう。先ほどもTさんが某所で撮影したEF65PFの写真を見せて下さった。

年末、EF65PFが一時的に活用されるとの話はNさんから聞いていたが、これほどまでに多くの機会が与えられるとは予測していなかった。慌ただしい年末、家事をサボって川崎界隈の貨物線に撮りに出かけようかと思っていたら腰痛なども重なって見合わせている。
どうせ多くのファンが集まって不快な思いもするだろうとは思うが、しばしば別件で訪れる地域だけにTさんの写真に刺激されれば気にはなる。腰痛の方も軽いからあと数日したら良くなるだろうと思い、これからいそいそと前述したニコンZ9のファームアップに着手しようと思う。

ところでTさんが送ってくれた写真には正体不明のエイリアンのような黄色い車両もあった。察するにこれはレール輸送か何かで使われるものなのだろうが、Tさんも言うように吐き気を催すようなバケモノ。Tさんもまあ「行ったついで」に記録したのだろうが、それにしてもデザインに美的感覚というものが一切ないのは逆の意味で凄い。

パッと見て連想したのは魚の骨格標本。頭だけ目立って後ろは骨だけという姿に、シャッターを押したTさんの逡巡がヒシヒシと伝わって来た。

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1971年2月、旅客列車を牽いて函館本線・小沢(こざわ)駅を発車するD51。構内外れの有名な国道5号のこ線橋からの撮影。小学校5年生のころの写真。速度が遅いから手巻きで何枚か撮影したが、これが最後の一コマ。この後、D51の黒煙を盛大に浴びた記憶は生々しい。

雪の積もった道を駅に戻る際、滑って転び腰を強打したが、まわりの方々に助け起こしていただいた。
小学生の分際で、2月の北海道に簡単な装備で来ていることをずいぶん冷やかされたが、むしろ今になって思うのは、親がよく一人で出かけることを許してくれたものだということ。いまの方々は理解できないだろうが、コンビニもなくアイゼンもなく、ユニクロのヒートテックもないような時代に青函連絡船を使ってやって来たのは蛮勇としか思えないが、きっと親も冬の北海道の厳しさをあまり知らなかったのかもしれない。

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2025年12月12日 (金)

D518号機

湯河原の富士屋旅館に滞在中。4、7月に続いて今年3度目で目的はもちろん鰻料理。自宅近くの鰻屋で、そこそこの金を出しても国産ウナギにありつけないことが多いなら、温泉に入り朝食もついているのだからリーズナブル。メニューにある日本酒「鳳凰美田」はフルーティーで滑らかな口当たりが心地良く深酒してしまうから、帰宅の心配もしないで済むことまで考えれば賢い選択だと思う。まだ夕食までちょっと時間があるが、今朝は遅い朝食にして昼を抜き、夜のご馳走に備えている。

おそらくこれで今年の泊りがけ旅行は最後。早めに仕事から足を洗って遊ぼうと決めただけに、2025年もしっかりと遊んだ気がする。
会社を辞めて都会の喧騒に縁がなくなり外で酒を飲む機会が激減、無駄遣いせずに繰り返し北海道に通えているが、金銭的な面はともかく、つくづく良かったなと思うのは体力が残っているうちに生き物の写真を撮り始めることができたこと。鉄道写真に比べれば体力を使うし冬の寒さはこたえるが、これがあと5年遅かったらここまで楽しく趣味を謳歌できなかっただろう。「謳歌」というと大げさに聞こえそうだが、70歳まで面白くもない(それでも昔は面白かった)職場に残っていたら、会社を去ったとてすぐに頭を切り換えられず趣味に没頭できたかどうか。多かれ少なかれ長い間、身を置いた会社のことが頭から離れず家にいても燻ってしまったのではないかとも思う。やりたいことがあって、やる気と体力がまだみなぎっているうちに、好きなことに心血を注げるのだから時間を無駄にせずに遊ばなければ罰が当たるというもの。

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昨日、美容院で「週刊女性」を見たら表紙に「あんぱんマン」が映っているので「???」と思って眼鏡をかけて良く見たら天皇陛下と雅子さんの娘・愛子さん。かねてから似ていると思っていたが、昨日はにこやかな表情の写真だっただけに見間違えた。

「あんぱんマン」にそっくりと言うと女性には失礼なのかもしれないが、個人的には親しみを覚えているので誤解しないでほしいが、あんな笑顔ならファンが多いのも納得できる。

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1973年1月4日、正月明けの厚狭機関区での撮影。C58が好きだったこともあって当時、配置両数が多かった近畿や中国地方の機関区巡りをしたもの。この時は美祢線や宇部線で使われているC58を撮りに小郡や厚狭機関区を訪れた。C58やC12、D51ばかりの基地だったこともあり撮影者が少なかったことが印象に残っている。
だが、この地区のC58は集煙装置や重油タンクを装備しない普通のタイプだから重装備が好きな身としては早々に飽きてしまい、D51などにも貴重なフィルムを費やした。

D518号機については、数少ないナメクジ型の一桁ナンバーということもあって撮ったのだろう。煙室扉ハンドルは広島工場型の四つの穴があるタイプで、集煙装置が付いた有名なD52142などと同じスタイル。

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2025年12月 6日 (土)

ムード満点の現役蒸機

昨年で運転が取りやめとなった「SL銀河」が4年後の2029年に復活するとのアナウンスがあった。それによると運転区間は東北本線の盛岡~一ノ関。中尊寺や盛岡などにインバウンドの客を誘致したいとの目論見があるようだが、SLファンにとって電化区間での運転はあまり喜ばしいとも思えない。

岩手県には義父母の墓や義父の父(要するに妻の祖父)の記念碑などもあるから何かにつけて訪れる機会があり、そのついでに撮影する可能性はゼロとは断言できないが、一ノ関にはターンテーブルがないから往路か復路、C58239はまたあの客車もどきの気動車の後ろにぶら下がることになりそうで、そう考えると遊園地の幼児向け列車のようでもあり、どうしても撮りたいという気持ちが芽生えるかどうか甚だ疑問。一説によると釜石線での運転も再開され、そちらの方がメインとなるという話も耳にしたが正直「何をいまさら」の感も強く、まして4年後となれば自分の年齢を考えた時にヘッドマークが付き、給水加熱器には金帯が巻かれ、手すりなどを白く塗られ、そのうえ前面のナンバープレートがやや高い位置に付いた不細工な顔のC58に食指が動くかどうか。
喜んで飛びつく人もいるのだろうが、「似非SL列車」に対する個人的な関心は今のところ盛り上がらない。

まあ軽い気持ちで参戦するのも悪くはないが、どうせ煙の多寡で写真の良し悪しが語られる復活蒸機。そう考えると機関区や駅で煙の出ていない何気ないシーンでも絵になった時代をわずかながらもかじった世代としては物足りない気がする。

写真は1971年2月、長万部機関区でのもの。火の入っていない休車中のD51だが、小学生の撮影でも現役蒸機はそこそこ絵になった。
写真の367号機はSL晩年まで室蘭本線で活躍したカマ。ナンバープレートが大きいのが不似合いで残念だったが、山口線で運転されている200号機よりは断然マシに映る。

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2025年11月30日 (日)

山形、宮城への旅

2泊3日で山形の立石寺(通称:山寺)と宮城の松島、瑞巌寺へ行ってきた。どちらも初めての訪問で今回は動物や鉄道撮影も端から考えていない旅。温泉に入り美味しい食事を堪能することも主な目的で、この点でも大変充実した内容だった。

立石寺はかねてより行きたいと思いながら、なかなか足を向けるまでには至らなかったが、息子や親族などから現地の良さを聞いていたため、それが追い風となって重い腰が上がった。
紅葉のピークが過ぎ静かだったこともあり芭蕉の「閑さや岩にしみいる蝉の声」の世界。もちろん蝉の声など聞こえない季節ながらも、なおさら森閑とした雰囲気はとてもすがすがしく落ち着いたもので、新緑の季節に再訪したいと思う。やかましさが「売り」の某国人も見かけたが、彼らでさえ静かに参拝していたのは、まさにその環境に圧倒されたのではないかと想像する。
頂いた御朱印も格調高く凛とした字体。一部SNSでは(御朱印を)もらうのに不快な思いをするとも書かれているが、これは御朱印の意味を理解せずにスタンプラリーと同じようにとらえている人がぞんざいな態度で要望するせい。その辺はせめて事前に調べたうえで訪れたいもの。このことを知らなければ立石寺に対する評価が悪くなるだろうが、原因は自身の無知ゆえと恥じるべき。

宿泊した作並温泉の「一の坊」の食事はバイキングながら素材も良く調理も丁寧で、これまで泊まったホテルのバイキングとしては最高ランク。コース料理と比肩するものだった。飲み物が供されるラウンジの居心地も快適で、食事の後に行われたピアノとバイオリンの演奏もじゅうぶんに堪能した。

松島、瑞巌寺を経て2日目に泊まったのは「島周(しまめぐり)の宿 さか井」。石巻からさらに1時間ほど山道を走った金華山を望む場所にある、悪く言えばちょっと辺鄙なところにあるホテル。それでも捕鯨の基地である女川に近いこともありクジラや魚などの海鮮料理が新鮮で酒が進んだし、外国人従業員の接客も一生懸命で好ましい。改装を終えたばかりの部屋からは目の前に金華山が見え、黎明の空に松島湾が浮かんでくる美しい光景を何枚も撮ってしまった。

とにかくコンパクトながらも良い旅だった。

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11月15、16日と仲間たちと旅行会に行ったばかりだというのに、元気溌剌の2人のM氏は24日の長岡~新津で運転された電機の牽く客車列車を撮りに行ったというのだから頭が下がる。大したバイタリティである。
事前の話によれば、好撮影地には何日も前からブルーシートで場所取りがされていたと聞くがトラブルはなかったのだろうか?
きっとそんなわけないとは思うが、もはや鉄道ファンの狼藉など当たり前すぎてニュースにもならない時代になったのかもしれない。

ところでM氏から送られてきた画像を見ると、今回運転された列車にはヘッドマークが付かなかったようで、これはこの手の行事にしては異例。「さようならEL」とか「さようなら客車列車」というマークが付いても。電気機関車はまだJR貨物には残るし、客車もまだ残るものもあるからタイトルが難しく、どうして良いか決まらないうちに見切り発車したようにも感じるが、この列車の意義づけはいったい何だったのか不思議ではある。厳密にいえばせいぜい「さようならJR東日本の電機」か?
果たしてマークが付かないことを喜んだファンとガッカリした人はどんな比率だったのだろう。

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11月15日撮影の画像。飽きるほど訪れた相変わらずのポイントだが、一昨年来たときは画面右側に枝が伸びて、もうここで撮ることはできないと思っていたから敬遠するつもりだった。それが枝がなくなり撮れるようになっていたのでここに踏みとどまった。

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2025年11月22日 (土)

残照の「SLばんえつ物語号」

前の記事でも書いた通り、久しぶりにC57180を撮影したのは楽しい時間だった。単独で撮影に行くことはよほどのことがない限りないだろうと思っていたが、行けば行ったで自分の好きな角度から撮りたいと欲が出るもの。お気に入りの場所を中心に撮影地を選択したが、そこで感じたのは動物撮影に比べると列車撮影ってこんなに楽なものだったのかという思い。おこがましい感覚だが自分自身、生き物を撮るようになって何度もチャンスを逃したり、昼でも暗い森の中で露出を間違えたりするなど苦い思いをたびたび繰り返してきたから、時間通りに来て線路上を走ってくる列車の撮影は非常に簡単に感じてしまう。幼いころから散々、鉄道を撮ってきてちょっとベテランになった気になっていたが、すばしっこい生き物に比べればはるかに「たやすい」被写体ではある。

ところで今回の撮影旅行ではピントやフレーミングはもちろんだが、それよりも後の画像処理で色の補整がしやすいように露出を決めることに注意を払った。生き物を撮り始める以前は多少アバウトに露出を決めて後で調整すれば良いという考えが支配的だったが、最近は仕上がりの色が自分の好みに合うよう、あらかじめ丁寧に露出を決めるようにしている。それは撮影枚数が増えたことと、今使用しているパソコンの能力が昨今のフォトショップの高機能化についていけず、作業時間が長くなっていることにストレスをためてしまうから。だから後処理の手数が少しでも少なくなるよう撮影時に露出を自分の好みなものに決めて、パソコンにやらせる作業を減らすというやり方。遠からずパソコンを更新しなければならないが、通常の使用にはまだまだ余力があるため今はこの方針で急場をしのいでいる。

まあ北海道に行くのも年に10回未満だし列車撮影は滅多にすることもないうえ、日常の時間はたっぷりあるのだから、当面は我慢してこんなやり方を続けていくことになりそうだが、撮影時に露出を丁寧に決めることは今更ながら良き習慣に違いあるまい。前回の記事にアップした紅葉とC57180の画像も後の処理で機関車の露出をいじることだけでいとも簡単に終えることができて、パソコンの動きの悪さにイライラすることも大幅に減った。
ほかに注意したいのは測光方式。マルチパターン測光や中央部重点測光、スポット測光(ニコンの場合)などがあるが、フィルム時代のカメラよりもかなり顕著にその効果が表れて露出に影響を及ぼすから被写体によっては都度、この機能も設定を変えている。

今回は新津へ戻る「SLばんえつ物語号」を毎度おなじみの場所で撮影したもの。カメラの適正露出より0・7段アンダーにしたものの、それでもまだ明るく現像時にさらに0・3段ほど下げてある。

ちなみにこの日の上り列車(会津若松行き)は後補機にDE10が起用されていたが新津へ戻る際は連結されていなかった。写真の奥の橋の上に後方からこの列車を狙っていた人がいたのはそれを撮ろうとしていたのか?(そうでなければ意味不明) こちらとしては黒煙で隠れて幸いだったが、もしそうだとしたらDEが使われていなかったのでさぞガッカリしたことだろう。

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首相の台湾有事に関する「私見」に中国政府が反発して日本への渡航を自粛するように呼び掛けてくれるのは大変ありがたい。
年が明ければ2026年も毎月のように北海道に行くが、とりわけ札幌の雪まつりがある時期は例年、中国の旧暦の春節に近くモモンガの撮影にやって来る人が多い。すべての人間がそうだとは言わないが、中にはなかなか出てこないモモンガの巣穴がある木を叩いたり、聞いた話では巣穴に爆竹を放り込んだとんでもない奴もいるとか。とにかくマナーに関してはいろいろと悪評も多く自分自身もそんな例をこの目で見てきたから、かの国からの渡航客が減るとしたらホッとするのも正直な感想。

観光業に従事する方々は収入減になるかもしれないが、そもそも観光業とはそんなもの。「捕らぬ狸の皮算用」が狂っただけのことで、それはそれで仕方あるまい。
大局的な見方ではないのは重々承知しているが、インバウンドが増えて国内の経済が好転したとしても潤うのは一部株主や富裕層に経営者、あとは小狡い政治家ぐらい。年金と貯金を取り崩して生活している現役をリタイヤした身にはほとんどメリットなどないのだから、個人的に歓迎できる事案だけを率直に喜んでも恥じ入ることなどあるまい。

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2025年11月18日 (火)

紅葉回廊

趣味仲間との磐越西線への旅は非常に密度高く楽しい時間だった。約半世紀にも及ぶ付き合いなのだから気心も知れ、宴会後の写真映写も盛り上がり、日をまたいで午前3時半まで続いたくらい充実した内容だった。
6年ぶりだったが前回よりも、やや時期を早めに開催したおかげで沿線の紅葉も美しく、天気にも恵まれて撮影の方もまずまずの成果を上げることができた。宿泊したホテルは前と同じ熱塩温泉の「山形屋旅館」で自分自身は今回が3回目。料金もリーズナブルで料理も非常に美味しくメンバーの方々にも好評だった。今回初参加のN氏にも満足いただけたのではないかと思う。

2日に渡って計6回ほどC57180の牽く「SLばんえつ物語号」を撮ったが、2回ほどはまあ納得できる絵が撮れて満足。仲間たちとの宴会に重きを置いた旅だから無粋な大口径超望遠レンズは持参せず100~400と600ミリのPFレンズで全て賄ったが、軽いことが幸いし繰り返し訪れる場所以外でも楽に撮ることができそれはそれで新鮮だった。
驚いたのは沿線に雑草が繁茂し樹木も伸びて撮影地が限られてしまったこと。毎度おなじみの場所もこれまでとは立ち位置を変えなければならなくなって、除草作業が行き届いていない現実を思い知った。人手が足りないことが原因なのかどうかはともかく、SL撮影をする人だけでなく車窓を楽しもうという乗客もその荒廃ぶりに呆れるのではないかと思った。もはやJRはルーラル地域の路線に維持費をかけることを「無駄」とでも考えているのかと思うほどの荒みようは、「ポッポや」としての矜持を放棄したとさえ映った。

何はともあれ幹事のM氏に感謝するとともに忙中、久々に顔を出してくれたI氏や相変わらず熱心に列車撮影に勤しんでいるT氏、Ma氏、そして映写会の機材を手配してくださったO氏たちには、(年齢も年齢なのだから)体に気を付けながら次回も元気で参集していただけるよう願うばかり。そして今回参加できなかった方々とも来年は一緒に線路際に立ちたいと望んでいる(どうやらそんなネタがあるかもしれないし…)。

下は16日の撮影。よく訪れる撮影地ではないが、柄にもなく逆光気味の紅葉を意識して短めのレンズで切り取った。
(場所取りのため三脚だけ置いて、その場所を離れていた)連中が後からやって来て、そのうるさいことと言ったら尋常じゃなかった。ずーーーーっと大声でおしゃべりを続け、まさにインバウンドの中国人の如し。自分たちが人の目にどう映っているか客観視できない輩なのだろう。おまけに望遠レンズを使い慣れていないせいか、自分が撮り終えたら後ろで撮っている人間のことなどお構いなしに立ち上がって人のフレームに入ってくるド素人(したがってこの画像は右を若干トリミングした)。しかし、まあ一番乗りで現着した直後、近距離で遭遇したクマが再び姿を現わさなかったのは彼らの「うるささ」のおかげなのかもしれない。もちろんクマを目撃していなければ鬱陶しいとしか感じなかったに違いないが…。
とは言え(クマを)撮影したかったのもホンネ。しかし突然の出会いではバッグからカメラを出して構える暇などなかった。

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2025年9月 7日 (日)

脱線したD51498

とうとう石破首相が辞任。特段、肩を持つつもりもないが、クソの如き麻生をはじめとする自民党議員のバカさ加減には辟易した。
まあ、次期衆院選では今回の無様なプロセスを忘れないクレバーな有権者からの支持は得られず、「解党的」状況に追い込まれることを期待したい。

特に有力な次期首相候補が(今のところ)保守色の強い高市とおつむの弱い小泉ジュニアでは、外交をはじめとして日本という国が恥をかくのはまず確実。現官房長官の林芳正ならいくらかマシかもしれないが(この男も過去にいろいろあって取材に関わったことがあるが)、高市、小泉なら先が見えている。ならば彼らが間違いなく引き起こすであろうみっともない失態を「バラエティショー」と割り切って嘲笑いながら楽しんでいくのも一興だ。

これで総裁選に向け人事をめぐる動きが活発化して、さらに政治の空白が長引くことになったわけ。次期政権で入閣する連中がニヤニヤしながら首相官邸に入る姿はきっと醜悪だろう。ともあれこれが我が国の国会議員のレベルだということが強烈に証明された。

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今月は富山、金沢に行き温泉や食事を楽しんでくる予定。滅多に行くところではないから私鉄電車(富山地方電鉄など)でも撮るかもしれないが、それもあくまで気分次第。2017年の4月に永平寺に行った際はまだ鉄道撮影に対する情熱が些かなりとも残っていたから、長いレンズを使って前面アップの写真を撮ってきたが、今となってはそんな拘りもなくなってしまって近々入手する短いレンズで現地に行った「アリバイ」程度の記録でも残せれば良しとしたい。撮影を目的とした旅は10月下旬の知床旅行に重きを置くことになる。

その知床。現地のことを甘く見ていた登山者がクマに襲われて死亡したため、これまで立ち入ることができた地区もどうやら規制されそうな気配が濃厚。
しかし「知床」と言っても流氷がない季節の観光は景色を眺めるのがせいぜいで、あとは気軽に歩ける遊歩道で知床五湖や山をめぐり、シカとキツネに出会えれば大抵の人は満足しているようだが正直、これだけでは国内のほかの観光地と大差ない。景色にしても群を抜いて素晴らしいというわけでもなく、本当に知床に行って「良かった」と喜ぶのは山や船から野生動物に会えたとき。それを過度に規制してしまえば知床独自の良さがスポイルされてしまうように思う。

クマによる事故が起きて危険だからと、これまで普通に行けた場所まで立ち入り禁止とするならば、各地で相次ぐ登山事故や暑い季節の水の事故なども同様で登山禁止、遊泳禁止とすべきだし、かたや社会問題化している「歩きスマホ」やカーナビに手を加えて運転中でもテレビが見られるようにするバカなども放置されているのだから、丸腰でクマの生息域に入っていった人が事故に遭ったとしても、これまで通りで良いではないか。

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JR東日本のD51498がご難続き。GV-E197系とかいう面妖な動力車(?)に引きずられて動輪を損傷したと思えば、今度は修繕後の試運転でテンダー台車が脱線。上越線が運休となり利用者が多大の迷惑を被った。
あまり関心がなかったものの、先月24日の鉄道仲間の宴会ではGV-E197系との件は運転上のヘマではないかとの話を耳にしたが、そうだとしたら今回も「ひょっとしたら…」という疑念が湧いてしまう。今回の脱線は動輪ではないから、おそらく別の原因なのかもしれないが立て続けにトラブルならお祓いでもしてもらった方が良いのではないかと感じてしまう。

今後、原因が解明されて新たな発表があるまで軽々なことは書けないものの、JR北海道で脱線事故が相次いだことと重なる印象も受けた。

でもまあ「現役」とは言えない保存蒸機。遊園地のおとぎ列車の機関車と大差ない存在だから、いつ終わりになっても仕方ないけどね。

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2025年4月 2日 (水)

秩父のC58363

どうでもイイけど、フジテレビと中居正広の話って今もって新聞の一面に掲載するほどの話なのか?
こんな話、一昔前ならゴロゴロ転がっているし、マスコミの中ではテレビに限らず、今でも似たようなことが繰り返されているんじゃないの。実際、自分が勤めていた会社の人事部長もこんなような事案でクビが吹っ飛んで妻は自殺未遂を起こし、おまけに当時の社長も辞めざるを得なくなったことがあったっけ。

一方、この中居という男、人気があったときには何の臆面もなくチャラチャラとテレビに出ていたくせに、いざコトがばれた途端、一切マスコミの前にも現れず、簡単な文面で引退してしまったのだから、危険を感じて殻に閉じこもるヤドカリのようで無様このうえない。

また、女子アナも人それぞれで…と書き始めると身近であったいろいろな事例を語ることになって、今のご時世では火の粉が飛んできそうだからやめておくが、まあこんなニュースで新聞の一面を張るなよな。実にバカバカしい。それより埼玉県八潮市の道路陥没事故の続報はどうなってるんだ!

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先日、あるところで秩父のC58363にまつわるうわさ話を耳にした。
しかし、今や鉄道には大して関心もなくなってしまい、その真偽を確かめようとも思わないが、ナンバープレートを形式名のないものにして煙室扉ハンドルがD51498のようなタイプだったらかなりイイ顔になる機関車で、昔から一目置いてきた身には少しは気になる存在なのは間違いない(噂はハンドルが換えられるというものではありません)。

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2025年2月12日 (水)

「SL冬の湿原号」③

20日からまた道東方面へ。今回は10日間の長丁場で、衣類やスノーシューなどは宅配便で送り、いつもより機材を多めに持参しようと考えている。このところFマウントのニッコールの出番がなくなっているため久しぶりに使ってみたいから。Zマウントの方がAF速度が速いとはいうが、200ズームと400ミリ以外ならFマウントでも全くと言って遜色はなく退役させるにはあまりにももったいない。生き物を撮影する場合、AFの速度そのものが取り立てて問題になることはなく、そんな些末なことを嘆くよりも被写体を早く見つけることの方がはるかに重要。レンズが古いからAFの合焦速度が劣るとぼやく人も多いが、そんな感想を聞くと腹の底では「分かってないな、このバカ!」と感じてしまう。
まだまだ新品に近い500ミリのF4やF5・6などは切れ味に関しても抜群で、ワシやモモンガなどの撮影には威力を発揮するはずだ。

ところで今述べたように、鉄道撮影と違って動物や鳥を撮るには撮影者が居所を早く見つけなければならない。動物や鳥を扱う雑誌は少ないし、撮影地を記すと現場に人が多く集まって生き物が寄りつかなくなるため、どこへ行けば何が撮れると書かれたものはなく、現地で会った人に尋ねたり(なかなか教えてくれないのは当たり前。それでもそこを聞き出すのが会話のテクニック)、さまざまな資料を漁って撮影できそうな場所を独自に見つけなければならず、今回の旅でも春の撮影に向け、そんな所を開拓しておくことも重要な目的の一つになる。

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1月の道東旅行は動物や鳥をほとんど撮影できなかったため、柄にもなく復活蒸機が牽く「SL冬の湿原号」を撮って無聊を慰めた。とは言っても標茶から釧路に戻る下り列車はC11が逆向きで牽引に当たるため撮っても仕方がないから釧路からの上り列車のみしか撮る意味はなく、大した暇つぶしにはならなかったが、釧路発の時刻が11時すぎのため、朝風呂に浸かってからも悠々間に合うのは楽でイイ。まだ蒸気機関車が現役だった頃、一日に何本かのSL牽引列車が走っていてガツガツするまでもなかった時代を思い出す。

釧路湿原の一部を見渡せる有名な撮影地も、すでに撮る人は撮ってしまったのか、空いていてのんびりしたもの。列車を待つ間も眼下にキタキツネやエゾシカ、タンチョウが出没し、どちらかというとSLよりもそちらに気を取られていたが、釧路湿原駅を発車する汽笛が耳に届くに及んで一脚に付けたカメラのシャッター速度や絞り、フレーミングを線路に合わせてスタンバイ。400ミリでここまで引きつけた後は別のカメラに持ち替えて110ミリ程度で絵はがき写真を撮った。欲張って2台で撮っても短いレンズで仕留めたものなどRAW現像する気もないのに、そこは元鉄道ファンの性。列車が接近すれば煙の出具合がもっとマシになるかもしれないと淡い期待も抱いてしまう。

それにしても400ミリのF2・8、以前はもっと重たかったように思うが、最近はずいぶんと軽量化されたうえ解像力も格段に向上し、さらにはテレコン内蔵なのだから非常に重宝する。

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2025年2月 3日 (月)

「SL冬の湿原号」②

「鉄道ジャーナル」が2025年6月号(4月21日発売)をもって休刊となる。この話が今はもう鉄道趣味から遠ざかっている自分の耳に入ったのは昨年の暮れのこと。ジャーナル誌は鉄道車両そのものよりも路線や歴史などに関する記事が多く、竹島紀元編集長が退役後は全くと言っても良いくらい買ったことはなかったものだから、あまり目を通していなかったが、休刊が正式に発表されてみるとやはり寂しい。
筆者が最初に「鉄道ジャーナル」を買ったのは、たしか1970年のことだったように記憶しているが当時はまだSLブーム。月例の写真コンテストには稚内の窪裕文氏や名手・原京一氏らが毎月なにがしかの賞を取っていて、それらの写真にずいぶん刺激を受けたもので、その後の「列車追跡シリーズ」などからも様々な知識を得たのが忘れられない。SLが全廃後はほとんど購読することはなくなっていたが、それらの記事が収録されているものは今でも大切に書棚に並んでいる。

あの時代の趣味誌はジャーナルや「鉄道ファン」「鉄道ピクトリアル」で、ほかにはキネマ旬報社から「蒸気機関車」が出ており、自分と同じ世代のファンはそれらの雑誌から大なり小なり影響を受けているはず。だから今般、その一角が消えることは非常に残念。今年の7月以降は書店の鉄道雑誌が並ぶコーナーに行ってもジャーナル誌が平積みされている、これまで当たり前だった光景は見られなくなると思うと、手元に残った数十冊のジャーナル誌がいよいよ愛おしくなりそうだ。

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動物を撮影するようになってまだ夜明け前の撮影地に車で到着したときにいつも忌々しいのは、エンジンを切らなければドライバーの意思でライトを消せないこと。ヘッドライトについては消灯できるがスモールランプは消せず、夜明け前から活動し始めている動物を驚かせたり、場所によっては近くの民家の方に迷惑をかけてしまう場合もあっていつも気が引けてる。もちろんそばに家がある場合はエンジンを切るのはマナーだが、民家がなく真冬の氷点下にもなる山中ならヒーターを切りたくないからエンジンをアイドリング状態のままにしておきたいことだってある。
また、自分の住んでいる横浜市内でも路上に一時車を止める際、ヘッドライトを減光あるいは消さないまま駐停車している車も多くまぶしく、対向車に対する配慮に欠けたドライバーも増えて非常に不快。

おまけに暗い夜道では対向車が来なければライトが勝手にハイビームになったりしてドライバーの意向は反映されず、北海道の夜道を運転していたときに何度か危ない目に遭ったもので、こういった過剰な装備を付けるならそれを解除できる機構も組み込んでほしいものだ。何もかも車がやってくれるというのは初心者やサンデードライバーには良いだろうが、それが仇になるようなケースもあることをメーカーの人はもっと知るべき。新型車を送り出す側は気の利いたような装備を開発したような気分になっているのかもしれないが本来、人間自身が配慮しなければいけないような行為まで自動化するのはバカな人間が増えることを助長するだけだ。

今やアイドリングストップなどというものは、いたずらにバッテリーを傷めるだけで不要との意見が多いことなど、その一例ではないか。

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自分でもまさかこんな有名撮影地に行くとは思ってもいなかったが、なんだかこの「SL冬の湿原号」のお先は真っ暗のようで、いつ運転が中止されるかわからないため、重い腰を上げてポピュラーな撮影地に立つことにした。なにしろ災害で線路が流されたりすればすぐに廃線にしてしまう今のJR北海道。もしC11に大きな故障でもあれば直ちに運転取りやめなんていう事態だって想像できるのだから、自分の目の黒いうちに有名撮影地でごくごく当たり前の写真を一枚ぐらい残しておいても良いだろうと判断した。いまのところ雪を見たさにやってくるインバウンドの旅行者が貸し切り列車を仕立てることもあって乗車率自体は高そうなので、のんきにしていても良さそうだが何が起きるかわからない。せっかくこの季節、釧路湿原に出向いたリタイア鉄チャンとしてはしゃかりきにならないまでも気にかけるのは不思議じゃあるまい。

また、この前日と前々日は大雪ながら水分の多い雪で気温はそれほど下がらず、温かいSLを遠く離れて俯瞰撮影などすると靄がかかってしまいそうだから天気や風の強さを見て滞在中、この日が俯瞰には最もマシだろうという判断も働いた。そしてさらに昨年買った400ミリ F2・8をまだ鉄道撮影に使用したことがなく、その性能を確認するために遠目からの撮影を一度体験しておきたいといった思惑も加わった。

現地に着いたのは列車通過の1時間半ほど前。目の色を変えた鉄チャンどもがわんさか先着しているかと思ったらまだ三脚は3本ほどしか立っておらず予想は外れたが、釧路川鉄橋で撮影してから先回りしてきた連中が到着すると、列車通過時は丘の上と下、踏切周辺で25人ほどになった。

この程度の高さからの撮影を「俯瞰撮影」というのはおこがましいが、これよりも列車が小さく写るような俯瞰撮影は願い下げ。蒸気機関車を撮りに行っているのに煙さえ見えれば良しとしてしまうような絵は真っ平。

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