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2024年11月

2024年11月27日 (水)

EF5866牽引のオールロネ団臨

朝起きたら右目の周囲に痛みを感じ鏡を見るとまるで「四谷怪談」のお岩さんのように腫れていた。年齢的にもいろいろ故障が出てもおかしくないので朝一番で眼科に行くと「ものもらい」の初期症状だという。小学生や中学生の頃、同級生などによく見られたものだが、原因は不衛生や睡眠不足などさまざま。いずれの原因も心当たりはあるが、大人になってからは周囲にそんな症状が出た人を見ないから「今さらなんで?」と感じたが、とにかくもらった目薬で回復を待つしかない。それでも試合でパンチを受けたボクサーのような面相を鏡で見る度、情けなくなってしまう。

パソコン作業がやや億劫だ。

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「電気機関車EX」の記事を書くために古い「鉄道ファン」を眺めていたらEF5889が茶色に塗り替えられた時の記事に目が留まった。国鉄末期、61号機の人気にあやかって塗り替えられたとのこと。ただ、記事の中に当時つらら切り付きのEF58の人気が高まっていたとあるのは事実なのだろうか。このころはEF58に蝟集する連中が増え、そんな中に首を突っ込むのが煩わしくなって撮影から一歩引いていた時期だから、そのような傾向は知らなかったが、自分には記憶がなく釈然としない。本来塗り替えられる予定だった109号機よりも、つらら切りのおかげで89号機に振り返られたことは以前から知ってはいたが、つらら切り装備車ってそれほどの人気があったのか???

当時の大宮工場には鉄道ファンの幹部がいて、その方の発案だったとも聞いたが、だとすれば彼のための提灯記事のようにも受け取れる。とにかく鉄道博物館には61号機より先に展示されることになってしまったわけで、けっきょく同じような色の同一形式が2両となったのは計画性が欠如していたとも映ってしまう(想像にすぎないが)。89号機などよりも収蔵するに値する(EF58ではない)別の車両があったような気がするが。

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古いネガのスキャンを再開したら、この写真を取り込んでいなかったことに気づいた。1978年11月7日に紀勢本線・白浜~朝来で撮影した10系オールロネのゴージャスな団体臨時列車(回送で列車番号は回8125列車)。

この編成は11月3日に宮原のEF5897によって上京し常磐線に向かった団体が乗車したもので、帰りは11月6日の東京発8101列車で東海道を下り紀勢線に入り、翌7日に白浜で客を降ろし紀伊田辺へと回送されたと記憶に残る。10系客車による団体列車はたまに運転されることはあったが、ロネのみの編成は珍しく授業を休んで紀勢線まで追いかけた。なかなか貴重な団臨だったと思うが、紀勢線内の写真は趣味誌にもあまり発表されなかったから単純に独りよがりに騒いでいただけなのかもしれない。天気が悪くリバーサルなどとても使える状況ではない中、ある人と現場に向かったことを記憶している。モノがモノだけに編成の側面がよく見えるような角度で撮ったのは当然と言えば当然。
後になって大窓の66号機が充当されたのは誰かが竜華機関区にお願いしたものだと聞いたが、だったらつらら切りのない22号機にして欲しかったと感じたことも忘れられない。

その後、30年以上して仕事でこの近くまで行ったときに車ですぐ横を通ったが、紀勢自動車道がほぼ真上を通るようになり撮影には不向きな環境となっていた。

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2024年11月21日 (木)

函館本線・大沼駅付近の貨物列車

もう本気で鉄道を撮ることはあるまいと思っていたら、ちょっと気になる車両を見つけた。「見つけた」と言っても新たに造られたものではなく、何年も前から現役で使われていたもので、ファンの間でもほとんど注目されなかった存在。その厳つい外観はよく見ると自分の好みにマッチしそうな予感もあり、いずれ撮影に行くつもりで今は下調べに勤しんでいる。超望遠レンズで圧縮したら、案外いけるのではないかと思う。

今年はもう11月も下旬になってしまい、動物撮影とのかねあいから時間を割けそうになく訪問は来年になるだろうが、撮影地が混み合うようなネタでもないからガツガツせず2025年以降の課題として楽しみを温存しようと思う。
ただ一つ問題なのは、自分が思い描いているよりも撮影地が少なく長いレンズを使える場所がかなり少ないこと。一昔前なら問題ないような場所ながら、最近はちょっと線路に接近するとすぐに問題となる時代だから、そんなことにも配慮しながらポイントを探さなければならない。まあ時間もあることだし、来年は観光も兼ねて旅先の一つに数えている。

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1988年5月、函館・大沼のカントリークラブで行われたプロゴルフの取材に行った際、早起きして撮ったDD51の貨物列車。もちろん本命は運転が始まったばかりの「北斗星」だったが、これはその前の列車で、日の出の早い5月だからこそ撮ることができた。

当時の北海道はまだ多くのDD51が使用されていたが、国鉄民営化を機に相当数が廃車になった。
記憶が定かではないが、まだDF200は見たことがなかったから製造されていなかったのか、両数が少なかったのか(調べりゃすぐに分かることながら面倒くさいし、どうでも良いことだから割愛する)、とにかくこの出張のときに撮った記録の中には一枚も残っていない。

スノープローが付いたDD51はそれ以前から好感を持っていたから山陰への出張などのときにも時間を作って記録したが、やはり北海道の方が密度も高く編成も長かったから撮影のし甲斐を感じたのは確かだ。

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2024年11月17日 (日)

今回の函館線事故現場での記録

首相が交代したものの衆院選で連立与党が過半数割れとなって騒がしい自民党。石破首相も総裁選での発言を撤回したりするなどして批判を浴びているが、それにしても身内の議員から首相の責任論が噴出しているザマは滑稽だ。なにしろ自民低迷の大きな理由が裏金問題だったことも顧みず、選挙結果について党幹部の責任を追及する姿はまるで自分たち自身の責任を棚に上げて全く反省していないかのようにしか映らない。もちろん選挙期間中に非公認候補者にまで2000万円を支給していたことは新執行部として責めを受けても当然ながら、そもそもは前任者の岸田がろくに後始末をしなかったことが国民の怒りを買ったのだから、責任を追及するなら矛先を彼らに向けるべきではないかと感じる次第で事の本質を見誤ってはいないか(それともわざと見ないようにしているのか)。

マスコミにしても自民大敗となった感想を岸田にこそ尋ねるべきで、そういった報道がないのだから怠慢としか言いようがない。もちろん岸田だけでなく麻生や二階、あるいは自民党に戻る萩生田や西村らの(選挙結果への)感想も伺いたいが週刊誌も含めて彼らに取材した記事を見かけないのはどうしたことだ。しょせん大手マスコミの政治部とは権力者に配慮するような奴らの職場なのか。
むしろ、そういうインタビューこそ選挙結果が出たら直ちにやらなければ意味がないと思うのだが、どうなっているのだろう???

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北海道の函館線でまた列車の脱線事故が起きた。レールが破断されていたことなどから線路の保守管理に問題があったように推測されるのだろうが、かつて夜行列車を撮影に通っていた際に海峡線の札苅駅で同じような事故が起きて肝心の夜行列車が運休になったときのことを思い出した。当時はもっと頻発していたから毎度けっこう大きなニュースにはなったものの、最近は耳にしなくなっていてJR北海道も線路の保守管理に本腰を入れたのだろうと思っていた矢先。運輸安全委員会の報告を待たなければ何とも言えないが、またしても線路のメンテナンスに原因が見つかれば新幹線札幌延伸後の函館~長万部の存続を話し合う場でも取り上げられるのではないか。

で、それはともかく、このニュースを見ていたら2017年2月に今回の脱線事故が起きた現場の踏切(ここでレールの破断が見つかったらしい)でDF200の下り貨物列車を撮ったことを思い出した。「カシオペア」がDD51からDF200の牽引となり、あまり撮る気力は起きなかったが、とりあえず最後の記録を残そうと訪れたときのもの。翌月に控えたダイヤ改正で函館線の駅がいくつも廃止されるため、この踏切のすぐそばにあった桂川という駅を撮りに寄った。ほかにもこの界隈では姫川、東山も廃止され、翌日の「カシオペア」撮影を前に下見を兼ねてこれらの駅に寄り道し暇つぶししたときの産物。

この踏切はタテに構えればバックに駒ヶ岳が入ったが、あいにく霞んでいたからDF200をアップで撮っている。最近は記事の更新も怠けているため桂川に停車するキハ40の画像とともに掲載する。

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2024年11月 8日 (金)

上越・羽越線経由のカシオペア運転

あの宮内庁が101歳になる三笠宮百合子の容態が悪化したと発表した。入院後、8カ月にもなって、ここへ来てこのような発表があると言うことは延命措置を中止するという意味と解釈できる。英国訪問中の孫の彬子も帰国するからには、数日の間に死去が発表されるものと考えられる。

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11月30日の秋田行きカシオペアツアーは久しぶりに上越、羽越線経由で運転されるとの話を頂いた。それによると上野発の時刻は22:30~23:00の間らしく、上越線内での走行シーン撮影は難しいながらも、おそらく前補機にEF641000が使用されるであろうとのことで、久しぶりの機関車重連による長い編成の客車列車となるもよう。秋田着が翌朝の11:00頃となっているため、途中駅(おそらく羽越線内の駅)では長時間の停車が行われるはずで、昨今は面白いネタのない撮り鉄には久しぶりに注目されることだろう。特に返し(復路の回送)のスジは気になるところで、往路と同じ経路であるなら上越線内で撮れるかどうか気になるが、日没の早い季節ゆえ微妙だろう。

個人的に面白いと思っているのはツアーのコースの中に岩手県・湯川温泉の高級旅館「山人(やまど)」が入っているところ。ここはどの部屋にも温泉があり、食事も貸し切り露天風呂(時間制)も素晴らしく、そのもてなしの良さに惹かれ何度も訪れたところ。今年も4月に行ったが、このコースを選んだ人はきっと満足するはずだ。

今や無職の身。カシオペアの運転時刻によってはひさしぶりに撮影に行っても良いかとも考えているが、重い腰が上がるかどうかは天気と気分次第だ。

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2024年11月 1日 (金)

新幹線のディーゼル機関車

一週間に渡る今回の北海道旅行の収穫は上々。紅葉もまだ見事で親子のヒグマや懸案だった餌付けされていない野生のシマフクロウも撮影できて大願成就といったところ。特にシマフクロウは日本に150羽程度しかいないとされている絶滅危惧種だけに、死ぬまで見られないかもしれないと思ったほど希少で達成感はとりわけ強い。これで自らの生き物撮影に一区切りがついて、今後はアップ系の絵から少し周囲の景色にも配慮した写真にもトライすることができそうだ。

それにしてもニコンZシリーズのレンズ、とりわけ400ミリ/F2・8の切れ味は圧倒的。天気が良ければ通常は手持ちでも撮影が楽なのは重量バランスにまで配慮した結果。入念な設計が威力を倍加させる。AFもZシリーズのレンズの中では最高速の一本で、それなりの価格はするものの、結果を見れば散財した甲斐はある。今回はこのレンズを中心に使用したが、次回は腹をくくって100~400ズームを持参せずに70~200ズームをチョイスする判断もあり得そうだ。

シマフクロウや川に遡上するサケを捕る親子グマの写真はかなりの数にのぼり処理までにはそれなりの時間を要するが、ゆっくりと慎重に進めていきたい。

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ところで現存するEF65PFをレインボーカラーの1118のように塗り替えた「紛い物」が現れるらしい。かつてそんな噂を小耳にはさんで8月27日の記事で触れたことがあるが(内容はあまりにもバカバカしいから書かなかったが)、どうせ高額な撮影会用フェイク車両。一昔前、香港や韓国などでルイ・ヴィトンなどの一流品のコピーを本物と偽って販売していたのと似たような商法だが、今やそんな被害も下火になっているというのに……。

開いた口がふさがらない。

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旅行にパソコンを持参していたからブログの更新はできたはずだが連日未明からの撮影でクタクタになって、毎晩8時前には就寝してしまったから、画像を外付けハードディスクに落とすぐらいしか作業しなかった。
今回は1977年夏に撮った新幹線用のディーゼル機関車。今はもうこんな車両はないのだろうが、当時は停電などに備えてディーゼルの機関車が準備されていた。高校生のころは何でも撮ってやろうと息巻いていたから品川の海側にあった車両基地に潜入して撮ったものの、海外の車両のようで満足感はなかったことを思い出す。
在来線の旅客輸送から機関車は消滅する時代、古き佳き時代の産物だった。

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