2018年6月22日 (金)

この夏、日本海回りの「カシオペア」運転

さすがにK・M氏、EF5861号機が最後に自力走行した6月20日のことをしっかり記憶に刻んでいる。自分にとってはもう「過去の女」のような存在で、あの「めくるめく日」の記憶が薄らいでいた。この大井入りのときも鉄道撮影に復帰していたくせに、「捨てた女(あるいは捨てられた女)」への未練を断つが如く、撮影には行かなかったが、今思えば恥も外聞も捨てて行っておくべきだったとの後悔も芽生えてくる。
K・Mさん、刺激的なネタ、今後ともよろしくお願いします。

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こちらはまた「カシオペア」のネタ。
8月30日の上野発は上越経由で日本海回りの「クルーズ」となる。具体的には上野発6;50分ごろで上越線などを経由して村上着15:00ごろ。ここで客を降ろし鶴岡発が22:00ごろ。翌31日の7:00ごろに青森に到着し9月1日の17:00ごろに青森を出発。上野には9月2日の9:30ごろの到着という日程。上越線内はEF64が前に付くかどうかは未定だが、そんなことはともかく久しぶりのルートは楽しめそうだ。

ほかに8月17日の上野発は青森、弘前を経由して18日の17:20ごろに湯沢着(その後は回送)というプランも発表された。「カシオペア」初の湯沢入線。あまり知られていない撮影地もあって、これはこれで面白そうだが、お盆の真っ最中とあってはあまり食指が動かない。むしろ回送がどのようなスジになるか興味がある。
2012年撮影で何度か使った画像。


(写真、文:U)

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2018年6月20日 (水)

EF5861 ロクイチ最終稼働から丁度10年

2008年6月20日、今日から丁度10年前、EF5861が田端から大崎に単機回送され、東京総合車両センターに入り、通称御料車庫に押し込まれた。

その後数回の展示はあったがパンタは下されたまま。時々通電試験はやっているとのうわさは聞くが、公の場での稼働状態は10年間封印をされたままとなっている。

10年前のこの日は平日であったが半日休日を無理やりとって単機回送を撮影に行った。ここに紹介するのは私のその時の最終カット。

大崎駅で短時間の停車のあと、ポイントを渡り取り込まれていく後ろ姿を望遠レンズで追って撮った。

(写真・文:K.M)

2008年6月20日 大崎駅にて

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2018年6月18日 (月)

ニコンが新レンズの開発を発表

ニコンが500ミリ F5・6の開発を発表した。光の回折現象を利用し色収差を補正する位相フレネルレンズを使ったもので、性能的には500ミリ F4に勝るまでのものではないが、圧倒的に軽量化されるのはものすごいメリット。同等とはいえないにしてもすでに発売されているAF-S 300mm f/4E PF ED VRの大きさ、重量を見ればおおよその想像はできる。

デジタルカメラの高感度性能が上がった今、開放値がF4でもF5・6でもそんなことはあまり問題にはならなくなっており、むしろ安くて軽いことに注目した方が現実的だ。DX機に装着すればそれだけで750ミリで1・4倍テレコンバーターを付けると1000ミリを越える画角となるのだから、辛い思いをして大口径の500ミリ F4を携行するケースも少なくなるだろう。
不安はPFレンズ特有のフレア。メーカーでも光源を中心にリング状の色つきのフレアがでることをはっきり公言しているが鉄道写真の場合、薄暗い曇天下などで列車のヘッドライトがほぼ正面から写るシーンなどではこれが出るおそれは免れないかもしれない。ニコン純正の画像ソフトであるキャプチャーNX―Dにこのとを少しでも改善する機能があるようだが実際どこまでマシになるかは疑問。

それでもこのことを承知したうえで活用すればかなりの武器となるのは間違いない。手持ちで750ミリ、1000ミリ超となれば、微細なブレでも画質に大きく影響するから、高感度で速いシャッターを切るか、せめて一脚程度は持ち歩いた方がベターだが、とにかく撮影に行く際の荷物が軽量化されるメリットは計り知れない。さっそく予約を入れたのはもちろんのこと。次の冬までに発売されれば撮りたいターゲットがでてきた。

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田端のEF8195号機が不調とのこと。工場を出たばかりの車両が実戦で使用できないというのも困ったものだが、おかげで「カシオペア」は81号機の使用が繰り返されている。この機関車を好きな人は多いはずだから一部で歓迎されている面もあるらしいが、逆に使いすぎて不調にならないか心配だ。
以前の記事で首都圏で81号機を撮るのに飽きがきたと書いたが、天気さえ良ければ撮ってみたい場所はある。梅雨に入って晴れる日が少ないときに長距離運用で酷使して、明けてから「カシオペア」に充当される確率が低くなるとしたらむしろその方が残念。この時期は81号機も温存して梅雨が終わってからの運用に投入してもらった方がありがたいのだが。

今回は6月2日撮影の画像。いつも同じ場所だが、このところ81や95号機以外のEF81も良いものだと思うようになってきた。

(写真、文:U)

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2018年6月15日 (金)

今年の旅行計画

考えてみると還暦に手が届く年齢になって、休みの日ごとにノコノコ鉄道撮影に出かけるのも大人げないと言えば大人げない。このところほぼ毎週末、「カシオペア」を撮っている自分のことだ。もちろん好きなことに熱意を注ぐ姿勢を卑下する気はサラサラないが、「ほどほどにたしなむ」ことこそ大人の所作と感じるようになった。年代的に仕事に縛られる時代は過ぎ、やっと人並みに土曜、日曜、祝日に休みが取れるようになってはみたものの、休日をもっぱら鉄道撮影に当てていることに幾ばくかの気恥ずかしさが生まれてきたのだ。
ほかにいくつかの趣味を持っているため、撮影ばかりに時間を費やしたくない事情もあるし、年齢相応に家の仕事や冠婚葬祭、(妻をふくめた)周囲との付き合いもあるわけで、それらをないがしろにして、休みの度にとりわけ好きでもないEF81にかまけるのはいかがなものかという気が強まっている。

家族や親戚、会社の同僚などとのしがらみもなく、何の気兼ねもなくして鉄道撮影に没頭できる同年代の人をうらやんだのは過去のこと。今となってはそれがない人たちのことを哀れに思う気持ちすら芽生えてきた。行き着くところは孤独死か。まあ、若い頃は撮りたい車両がまだまだたくさん活躍していたことが何より大きかったのだが。
だが今やわざわざ時間を確保してまでどうしても撮りに行きたい車両もないのに、ただ何となく惰性でこの趣味にしがみついていても満足いく写真を撮ることは難しかろう。

そう考えると鉄道以外のあれこれを楽しむゆとりがもてるようになったのだから、そちらにもっと時間を費やすのも有意義だ。ブルートレインや北海道のDD51が消滅したのは、逆説的にとらえられば嘆くことばかりではあるまい。のんびり気の向くままに線路際に立とうと思う。

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今年の旅行計画がほぼ固まった。行く先は北海道と秋田、青森の五能線沿線。多少は鉄道撮影もするつもりだが、主たる目的はどちらも妻との食べ歩き。そこそこのグレードの宿に泊まって温泉につかり、魚や野菜料理を堪能しようと予約を入れた。

五能線の旅はもちろん紅葉の時期。世界遺産となった白神山地を眺めつつ、鰺ケ沢や大鰐温泉でマグロやヒラメの漬け丼を堪能するのも一興だが、最大の楽しみは能代の某店。2012年秋に「あけぼの」撮影に行った際に知ったこの店は山菜や比内地鶏などを使ったメニューが豊富で味も格別。全国各地で酒を飲みまくった自分の中でも3本の指に入るお気に入りだ。最初に行ったときは自分1人だったから鍋物まで味わうことはできなかったが今回は妻と2人。さまざまな料理を頼んでみようと、4か月前にもかかわらず早々と予約を入れた。

北海道は北湯沢温泉。知名度は低いものの、ここはかつて夜行列車を撮りに行くたびレンタカーで通過し、長流川にある「白絹の床」という緑色凝灰岩の累層が成す景観が気になっていた。毎回、撮影地の確保に血走っていたから車を止めてじっくり眺める機会を逸していたが、この夏はほとりに立つ「緑の風リゾートきたゆざわ」に投宿して渓流の涼風に当たろうと思う。そして可能なら3年ぶりに黄金の海岸で貨物列車や特急列車の1、2本を撮る時間があれば嬉しい。

旅行の計画を立てていたら懐かしくなって黄金で撮った写真をアップしてみた。いずれも2014年撮影。

(写真、文:U)
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2018年6月13日 (水)

多度津駅のDF501号機

仲間内でDF50という機関車はあまり話題にならなかったような気がする。首都圏ではなじみの薄い機関車だったという理由もあるが、やはりブルートレインやEF58のような「華」に欠けるせいだろうか。晩年になっても山陰や紀勢、日豊線と四国でそれなりの数が稼働していたものの、鉄道雑誌でDF50のみを特集したものは電気機関車やブルトレに比べると著しく少なく、1976~78年当時は紀勢線や四国に行ってもファンの姿を見ることはほとんどなかった。そんなDF50だが自分としてはEF58よりも好きな機関車だったと断言できる。


ただ、住んでいるところの近くで日常的に走っている車両ではないから、学生の身で足繁く遠隔地に通って撮ることがままならず、加えて大口径超望遠レンズを使う機会もなく消えてしまったためにEF58と比較するとどうしても印象が薄い。長いレンズを使って機関車の正面をアップで狙ったような写真が残せていればもっと違っていただろうが。


DF50狙いで四国に渡ったのは1978年3月が初。とにかく数を撮ろうと高松駅や運転所、高知機関区で片っ端から撮影したものだ。中でもトップナンバーは1983年夏まで、四国に渡る度に遭遇でき、運転席の窓が試作機特有の大型でとりわけ好ましいスタイルだった。
今回は社会人となった翌1983年7月にある仕事で高松に出張した際、帰りの飛行機まで時間が空いて多度津で撮影したときのカットから。超望遠レンズは持参しておらず、200ズームとテレコンだけで狙った。リバーサルでも撮ったがモノクロの画像を数枚アップする。
駅の南北を結ぶ多度津の歩道橋は架線もない非電化区間ゆえにとても撮影しやすく、予讃線、土讃線両方の列車が発着するため列車密度も高い。1日いても退屈しない絶好のスポットだった。


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結果的にはこれが自分自身、DF50との最後の邂逅になった。この後、四国のDF50は人気が高まり「秘境号」だとかサヨナラ運転も行われたが、人が大勢集まるバカ騒ぎにはウンザリして距離を置いた。
なお、正面の貫通扉左右の手すりの形状と黒いHゴムが苦手な自分は九州のDF50は撮影に行っていない。


(写真、文:U)

2018年6月11日 (月)

そろそろ見飽きた81号機

9日も「カシオペア」を撮りに浦和界隈へと出没した。EF8195号機牽引の下り「カシオペア」は撮ったことがないし、検査上がりのきれいな状態で充当されればラッキーだが、ほかに撮りたい列車もないから、機関車が何号機でも構わないという投げやりな思いもある。

けっきょくこの日の牽引機は81号機、最も回数を撮った機関車で、いかに元お召し機と言えどもさすがにウンザリ。ほかの機関車の方が正直ありがたかった。雲一つない好天ならまだしも、薄い雲がかかる晴天では大宮以南で81号機を撮ってみたい場所がない。一人で通過まで3時間も待つ気力も萎え、Tさんがスタンバイしている某地で腰を落ち着けることとした。しかしながらここもすでに撮り飽きた場所、少しでも絵を変えようと編成など全く無視して機関車の正面をアップに収めたのが今回の写真。線路に沿った杭が目障りだから大脚立の最上段から500ミリにテレコン装着で700ミリとして手持ちでの撮影。たしかにこれまでの写真とは少しだけアングルは変わったが、だからどうだという程のものではない、面白みのない絵しか残せなかった。

ところで、いつも感じるのは首都圏の、それも大宮以南での撮影の場合、機関車の窓へのビームなどの映り込みをかわすのは至難。あれこれ考えずに連写して、その中から映り込みのないカットをピックアップすれば良いが、そうすると線路沿いの杭のような標識などがうまい具合にかわせない。「あちらを立てればこちらが立たない」という隔靴掻痒の思いにかられながら微妙に立ち位置を決めることになる。今回の写真も次のコマがベターだったが、そちらの写真は窓に映り込みがあって見るに堪えるものではなかった。

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(写真、文:U)

2018年6月 9日 (土)

磐越西線のD51498

暑い。今日9日は最高気温が31度になるとの予報で、午後の「カシオペア」の撮影はかなりしんどうそうだ。梅雨に入れば出撃頻度も落ちるので、せっかく晴れたから出かけようと思うが炎天下で列車待ちをすることを考えると憂鬱。

先週、検査上がりの95号機が98号機に差し替えられ、今週こそはと期待しているファンも多いことだろうが、EF81という機関車がそれほど好きでもない自分としてはあまり前向きではない。買ったばかりのカメラのテストという名目があるから、むしろそれが目的と考えてみたい。

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古い写真から。
後藤工場タイプのデフレクタと集煙装置を付けたときに磐越西線を走ったD51498。またこんな姿で走って欲しいものだ。

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(写真、文:U)
 

2018年6月 6日 (水)

岩手の旅から③

5月27日、久しぶりに200ズームで列車を撮った。超望遠の画角が当たり前の自分にとってワイドレンズとも思えるような感覚。年齢とともに体力が落ちている身には軽くて楽だったが、やはり刺激が足りない。最近の鉄道雑誌に羅列されているような可もなければ不可もない、おっとりしたカタログのごとき画像で、列車と「渡り合った」というよりも単に「押さえた」というイメージしか残らない。まあ、今回の旅は法事が目的ゆえ、重い機材などを持って行けなかったのだから、つべこべ愚痴っても仕方ないが、条件を鑑みれば卑下しすぎるのも贅沢というもの。

場所選びは時間も限られていることから短時間で回った4カ所の中から、短いレンズにふさわしくカシオペア編成の側面が大きく写ることを先決とした(もちろん列車の手前に架線柱がかかるような場所は論外)。牽引機が81号機だったのは偶然だし、同機の側面がこれほど写っている写真は停車中のものを除いて初めてのことではないか。自分には希有なカットが得られたのはまさに200ズームであるがゆえの収穫だ。有名撮影地ではないからほかには地元の方が1名のみ。喧噪もなく静かに撮れたのも幸いだったと言えよう。

そう捉えれば全く無駄ではなく超望遠レンズでの機関車のアップよりも、こと資料性に関しては勝るかもしれない。

それでも物足りなさは如何とも…。

(写真、文:U)

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2018年6月 4日 (月)

小野田~厚狭の「みずほ」「富士」

2日は梅雨入り前の最後の「カシオペア」撮影になるかと鉛並みに重い腰を上げて浦和方面に出張ったが、工場を出たばかりのEF8195号機は急きょ差し替えになったらしく、牽引機には98号機が当てられた。南浦和でKiさんに聞いたときは多少ガッカリして、いっそ撮らずに帰ってしまおうかとも思ったが気を取り直して居座ることとした。ところが久しぶりの98号機は太陽が傾いた中で見ると赤い車体が斜光に映えてなかなかイイ感じだった。
まだしっかりと現像していないから写真のアップは後日になるが、今回はホワイトバランスにもちょっと気を配って、自分のパソコンモニターで見る限り落ち着いた赤が出ているように思う。
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1992年秋に撮影した「みずほ」。
福岡に転勤して3カ月、JR九州のおかしな色の特急電車に閉口して、山口線を走るまともな塗装のキハ181系「おき」が見たくなり本州に渡った。きっと今のファンが国鉄色を渇望するような心境でその際、小野田~厚狭に寄り道して撮ったもの。

2度目の訪問のこのときはすでに山陽自動車道の工事が始まりつつあったようで、1回目の訪問の7年前とは多少、風景が変わっていたものの上下線の間に見苦しい警戒色の柵などは設置されておらず、まだじゅうぶん撮影が可能な状況だった。
ただし線路際の雑草が伸び放題、カメラをヨコで構えるとどうしても見苦しい。最初に来る「さくら」「はやぶさ」はヨコで撮ったが、「みずほ」通過時には持参した600ミリを使って(この場所で)初めてタテで撮影した。
ここは地図で見れば分かるように山陽本線が南北に走る数少ないポイント。朝の下り列車を撮るには最適だった。おまけに線路際まで車で上がって行けるのもありがたい。車のすぐ横に三脚を据えて朝食を取りながら列車を待ったものだ。
最近、この場所での写真を見かけなくなったのは例によってJRの規制が強化されたためか、はたまた高速道路などが目障りで訪れる人が減ったことが原因なのだろうか。

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同じような2枚でお恥ずかしいが上の「みずほ」は初出。
「みずほ」は東京~九州のブルートレインの中で最も早く廃止されたが、ヘッドマークが地味でほかの列車に比べて人気は今ひとつ、自分のネガにもあまり多くは残っていない。当時はコダクロームだったが、ISO64の低感度でよく撮っていたものだと、デジタル時代の今から振り返るとそんな感慨もある。

ところで下関のEF66は長距離運用に就いていたのに冷房装置を搭載しなかったのは、夜間の運転が多かったせいで暑さがそれほどでもなかったからだろうか。ファンとしては喜ばしいことだった。こんな角度で構えていて、現在のEF6627のような「化け物」が来たらきっと興ざめしただろう。
(写真、文:U)

2018年6月 2日 (土)

ニコンD6発売の予感

ニコンの幹部があちこちの会合などで、もうすぐフルサイズのミラーレス機を出すと予告している(今年度末あたりか)。時代の趨勢から考えても当然のことだし、ソニーのα7系の好評を考えれば、なるべく早い時期に出さなければ水を空けられてしまう。2020年の東京五輪にはマスコミ各社も何割かはミラーレス機を導入するはずで、その1年以上前に市場に送り出しておかなければ使い方を習熟できない。
個人的にはあの電子ビューファインダーに拒絶反応があるため、発売されてもすぐに飛びつこうなどとは思わないが、いずれにせよ一眼レフはこの先、衰退していくのは確実だから、いずれはどこかのタイミングで導入せざるを得ないが、果たしてそれは何年先になるか。
ところで今、あのニコンがミラーレス機の発売を予告しているとことを考えれば、かなり自信がある製品に仕上がりそうだと推察される。ニコンの企業体質からすると軽々に予告などして新製品を出す会社ではない。これまでの製品を見ても手堅いほど慎重で、目立ったスペックを求めるよりも、今ある機能を磨き上げて製品化してきた。ニコンF2やF3などはその典型的な製品で、石橋を何度もたたいたうえで世に送り出した。そのニコンが早々と発売を予告しているのだから、力の入ったカメラになるはずだ。
また、このことは今、ニコンD5を買うべきではないとのメッセージにも受け取れる。もはや一眼レフからミラーレスに移行する可能性が高まった時代に、市場価格が70万円近いD5を買う購買力のあるユーザーにD5を買わずに、まずはミラーレス機を見て欲しいとの思いが込められているような…。
また、その一方でD6(あるいはD5S)は出るだろうとも予想する。いかにミラーレス機が素晴らしい製品になろうとも、五輪という大舞台でいきなりそれに全面的に移行することはマスコミ各社としては怖くてできない。実績ある一眼レフを主体に使いつつ、ミラーレス機を併用していくのが現実的な選択だ。したがってD5を今のまま2年先の五輪まで延命させずにD6を出さざるを得ないと読む。どれだけ性能が上がるか、もう行き着くところまで行き着いている一眼レフのフラッシップ機をどうするのかは興味深い。ミラーレス機を導入する人が増える中、数が出そうもないフラッグシップ一眼レフをどう発展させるか。そしてそれが最後のフラッグシップ機になるのか、カメラの歴史が大きく変わる時代に立ち会うこととなりそうだ。
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さて本日の「カシオペア」は検査を終えてピカピカになったEF81の95号機らしい(噂)。本音を言えば田端のEF81の中では好感度は低い機関車だが、(雲は多いものの)晴れの天気予報だから梅雨入り前に撮っておこうと思う。雲が多い場合と、カラッと晴れたときのことを想定し場所は2カ所に絞っているが、いずれにせよ見飽きた場所になる。
本日の画像は2012年に撮影のEF651118。EF8195号機同様、「スーパーエクスプレスレインボー」牽引用に塗られた機関車だが、数年前にトラブルが発生しそのまま廃車されてしまった。
実はこの機関車、自分としてはなかなかお気に入りで、久しく鉄道撮影から足を洗っていた2008年3月、廃止される急行「銀河」を牽くという話を聞きかじってD3を購入したほどだ。模型でもムサシノモデルに運転室屋根にクーラーが載った晩年の姿を作っていただくことをお願いしている。正直、EF8195号機よりもこちらが残って欲しかった。
この写真は新鶴見周辺でたまたま遭遇し、脚立を立てて700ミリで撮ったが、8月の暑い時期、風が吹いて陽炎の影響が少しでも軽減されるのを見計らってシャッターを切った記憶がある。ニコンD800E使用。
(写真、文:U)

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