早出川鉄橋に向かうC57180

蒸気機関車の流し撮りはいつも難しいと感じる。電車や電気機関車などあるていどの速度が出ている列車だとシャッター速度が60分の1ぐらいでもじゅうぶん流れるが、速度の遅いSL列車はそれくらいでは背景もろくに流れないからだ。そんなシャッター速度でカメラを振って流したとしてもバックがわずかしか流れず、単に列車や車両をサイドから撮っただけだとしか見えないプロの写真も多い。特に締め切り日が迫ってからの発注取材だと失敗が許されないものだから無難に60分の1ぐらいで撮影しているのか、「これでも流し撮り?」と疑問に感じるような写真も散見される。事情を知っていれば仕方がないことだと忖度するが、やはりスピード感が希薄なのは否めない。

特にそれが顕著なのは車輪やロッドが止まっている写真(ぶれていない写真)。列車の速度が遅いから当然、車輪の回転も遅く動感が欠けて物足りないイメージ。そこでもっと遅いシャッターを切ることになるのだが、15分の1ほどでは車体がぶれてしまうケースがほとんど。

しかし動感を強調したくて流すならば、ほどほどに車体がぶれてもそれはそれで構わないと思う。
今回掲載した写真も15分の1。機関車がぶれているから多くの方に失敗作だと言われても甘受するが、自分としてはそれほど悪いとは思っていない。ロッドや車輪の動きが静止しているようなSLの流し撮りなどに比べれば断然マシだと思うからだ。

1999年5月、運転開始したばかりのC57180の牽く下り列車を早出川の猿和田側で撮ったカットでまだフィルム使用の頃。鉄道撮影を完全にやめていた時期だが、ある理由で撮りに行った。この場所で沈む夕日を見たとき、いずれここには多くのファンが集まるようになるだろうと感じたが、案の定その通りになった。

(写真、文:U)

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2019年8月20日 (火)

157系牽引の貴賓電車

長らく鉄道写真を撮っていると義務的な感覚で記録した車両もある。
今回アップしたのはそんな1枚。かつて使用されていた貴賓車クロ157を挟んだ特別列車。撮影したのは1980年の2月8日で、昭和天皇が下田のご用邸へ静養に向かう際に運転されたもの。前後の157系電車がそろそろ183系に代わるとの噂を聞きつけ自分としては珍しく、電車の撮影のためだけにわざわざ根府川まで出かけ、無理してリバーサルを使った。うっすらと曇った寒い日で相模湾の向こうに見える関東平野の山々が雪化粧しているのがかろうじて分かる。この後、昭和天皇は15日に下田から戻ったが、おぼろげな記憶ではこの上り列車が157系を使用した最後の運行となったもよう。「鉄道ファン」1980年10月号によると157系を牽引車とした貴賓電車の運転は320回に上るとのこと。

なお、183系の初使用は同年7月2日で原宿から小田原へと運転された。

クロ157はその後も牽引車が185系になるまで使われ、塗装もそれに準じて塗り替えられた。現在はEF5861号機と同じく東京総合車両センターに保管されていると聞くが、今後ファンの前に姿を現すことはあるのだろうか。
現在使用されているE655系は公式行事の際、日の丸を掲げて走るが、旗が付かないとしても157系の方がはるかにマシに感じるのは世代のせいだろうか。電車に関心の低い自分でもそれだけははっきり言える。

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鉄道会社に勤める友人と話をしたら最近、首都圏での列車遅延のそもそもの原因は「歩きスマホ」によるものが多いらしい。
下車するはずの駅に着いてもスマホに夢中で、客が乗ってきてから慌てて降りたり、ホームの白線の付近を歩いて電車が緊急停止するケースなどはしばしばのようだが、スマホを見ながら歩いて他の人と接触しトラブルになる「お客様同士のトラブル」(いわゆる喧嘩)も相変わらず頻発していると聞いた。

来年の東京五輪ではこういう連中に加え、海外からの旅行客が道を調べるなどのためにスマホを見ながら歩行するだろうからさらに増加するだろう。数年前に五輪が行われた中国・北京で列車やバスなどに乗車する際、列をつくることもできない自国民に当局がマナーを守るよう呼びかけたことがあったが、来年に向けそろそろ東京でもそんなキャンペーンを本格化すべきだろう。

とにかく、そんな奴らが原因で列車が遅れるなどの迷惑を蒙るのは真っ平。バカは「死んでも治らない」とか「死ななきゃ治らない」ともいうが、けっきょくこの手の輩に「歩きスマホ」がもたらす迷惑や危険性を分からせるには幾ばくかの〝生け贄〟がでなくてはならないのか。

(写真、文:U)

2019年8月18日 (日)

須磨のEF5861

昨年の今ごろは東京総合車両センターでEF5861が公開されるとの情報の確認に追われていたことを思い出す。良き友たちからのお話しをつき合わせた結果、61号機が展示されるのは確実だと判明していたが、実際にパンタグラフが上がるかどうかは盆明けまで正式な回答をいただけずやきもきさせられた。結果は周知の通りだが、あれからもう1年がたつ。

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写真は1983年11月30日に須磨~塩屋で撮影した8203列車「サロンエクスプレス東京」の先頭に立つ61号機。前年の4月に社会人となり、この年の6月から大阪での勤務に就き半年が経過するころだ。すでに大窓のEF58は竜華の66号機しか残存していなかったように記憶しているが、とにかく61号機の人気が高まり、おかしなファンも増えてウンザリしていた時代だ。後年、東京勤務に戻り成田臨などを撮りに行くことにはなるのだが、この頃は61号機が来阪すると聞いても以前ほど積極的ではなくなっていた。何しろ4年に及んだ大阪勤務の間、61号機を撮ったのはたったの7回のみという実績がそれを物語っている。

写真はその内の1枚。
久々の61号機は正面の2枚の窓の間にあるフックが銀色に塗られピエロの鼻のように目立って何とも言えず消化不良。人気が高まるにつれ、余計な色差しをするのは今の動態保存蒸機のナンバープレートやデフレクタの縁取りと同様で不自然きわまりない。

この写真は宿直明けの勤務が終わり、帰りがけに須磨まで足を伸ばして撮影した。ニコンFM2に200ズームという軽装で撮ったものだから、線間の杭の処理が中途半端なことこの上ない。この区間は昔から有名だが、このうるさい杭のおかげで好んでいくことは少なかった。

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前回の画像があまりにも哀しい車両だったので今回はEF5861。

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ここから先は鉄道とは無関係のどうでも良いこと。

このところテレビをほとんど見なくなった。もともとお笑い芸人が大嫌いだから民放はまず見ないが、最近はNHKもごく一部の番組を除いて敬遠するようになった。出てくるタレントが不快に感じる奴が増えてきたためだ。YOUだとか指原なんとかが出てきたら即テレビを消す。田舎の、酒のつまみに乾き物しかでない場末のキャバクラにいるような女で、こいつらの下卑た話しぶりを夕食の時などに耳にするのは苦痛以外の何ものでもなく、カミさんが丹精こめてつくった料理が味わえない。
大河ドラマも最近、阿部サダオとかいう、ただただにうるさい芸人が出てきて見るのをやめた。日曜の午後8時からのドラマを喜劇仕立てにしたのは間違いではないか?宮藤官九郎の脚本自体は悪いとは思わないが、こんな騒がしく愚かしいキャラクターが歴史に名を刻む人物の役をするのはミスマッチもいいところだ。

国営放送ともあろうNHKがこんなザマでは受信料を払うのもバカバカしくなる。とは言え、例の政党を指示する気なんぞまるっきりないが。

(写真、文:U)

 

2019年8月16日 (金)

悲惨なJR九州の国鉄形特急車両

1992年6月からの福岡勤務は非常に楽しい3年間だった。美味い肴と酒、そして良き飲み仲間に恵まれ、いっそこのまま福岡に住んでしまおうかと思ったほどだったが、残念だったのは鉄道車両が面白味に欠けたこと。特に真っ赤に塗られ英文字が書かれたり、黄色や緑の厚化粧をまとった485系特急電車には目を覆いたくなり、国鉄時代の美しい車両におかしな塗装を施したデザイナーには怒りさえ感じた。その影響は電車だけにとどまらず、8620形蒸気機関車にまで及んだのだから九州全土の鉄道が遊園地のおとぎ列車のようにさえ映ったものだった。
着任当初はそれが嫌で関門海峡を越え山口線などに遠征し181系「おき」や「くにびき」などに目を向けたが、やがて模型に没頭し国鉄時代の車両の〝痛い〟姿から目を背けるようになっていく。

それでも最後の半年ほどは気を取り直して、おかしな塗装が施されていないブルートレインや久大線、筑豊線の客車列車を中心に撮り回ったから、些かではあるが少々の記録が残っている。

今回はその中から嫌な記憶がよみ返ることを覚悟し、前述の真っ赤な485系の画像をアップする。今でこそ国鉄当時の色に戻される車両があるのは、こうした前例を踏まえてのことだろうか。

(写真、文:U)

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2019年8月14日 (水)

猛暑の記憶

4日の記事で10日土曜日の天気予報が雨と出ていると書いたら2日もたたずして良い方向に変わっていた。しょせん「予報」だから仕方ないが、ならば再度「カシオペア」撮影に出かけようかと思いたち、当日は久しぶりの撮影ポイントに赴いた。お盆休みに入る時期だから都内の道路はすいていると楽観したものの、取り立てて普段と変わらず1時間半ほど要してしまったのは誤算だった。すいている高速道路でそろそろ新車の動力性能を試してみたいと考えているが、今回もその思いは叶わず、一般道を迂回しながらの撮影行となってしまった。まあ「カシオペア」通過まで長時間待つ必要もなかったのは幸いだったし、数年ぶりにこのブログに唯一リンクさせてもらっている「道楽のTOOLBOX」の管理人、PIKAさんに会うことができたのは光栄だった。翌々日も返却回送の撮影に出かけたから近いうちに写真をアップしたい。

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それにしてもニュースなどでは猛暑にあたってエアコンの使用や給水など暑さ対策を呼びかけているというのに、来年はこんな暑さの中でオリンピックをやるというのだから無謀この上ない。他人のやるスポーツなんぞに全く関心はないものの、屋外の炎天下でプレイする選手や観客がどうなろうとも自業自得との感もある。せいぜいご自愛くだされ!

翻って鉄道写真を撮りに行った人が熱中症で倒れたという話は、この年になってもあまり耳にしたことがない。たまたま身の回りにそんな人がいないのか、ニュースなどで報道されないだけなのかは不明だが、帽子を携帯したり飲み物や冷たいタオルなどを準備して撮影に臨んでいるおかげなのか、場合によっては長時間屋外で待機するケースもあるのに(「撮り鉄」の方々はなかなか)大したものだと思う。

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写真は1983年夏、赴任先の大阪から倉吉、松江に出張したときのもの。仕事が終わった翌日、夕方の飛行機までの間、レンタカーの日産マーチで国道9号をウロウロして撮影した普通列車と貨物列車。かなり暑かったことをよく憶えているが、それでもジメジメと感じる都市部の蒸し暑さよりは遥かにマシではあった。ろくにダイヤも調べず、良さそうな撮影地があったら列車を待とうと気ままにドライブしていたが、線路際の雑草が伸び放題でそんな都合の良い思惑は頓挫した。まして長いレンズなど使えそうなポイントもなく、比較的列車の足回りがよく見える築堤に腰を据えた。したがって上の写真の場所がどの区間だか分からない。下は有名撮影地だが海を入れるような感覚は当時もなく、ボンネットの白帯が消されたDDがやって来て大いに落胆した。こんなことならもっとロングで海を入れた方がまだマシだった。

暑かったっことと、一般道にもかかわらずどの車もかなりの速度で行き交っていたことも記憶に刻まれている。

(写真、文:U)

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ところで話は全く変わるが小泉進次郎と滝川クリステルの婚約、首相官邸で発表したことについてもあきれたが、それ以上に毎日新聞が一面でその写真を掲載した感覚にあ然とさせられた。毎日の写真部デスクあるいは整理部のセンスはどうなっているのか?ただただあきれ返る。

2019年8月12日 (月)

新天皇初のお召し列車は?

車両が電車に代わって関心が低くなったお召し列車だが、これほど被写体に枯渇すると久々に撮ってみるかと考えることもある。

令和になって天皇が代替わりした最初の公式お召し列車は茨城国体になるのではないかと予測(あくまでも予測)している。国体の開会式は9月28日、わざわざ有給休暇などを取る必要もない土曜日だ。開会式会場はひたちなか市の笠松運動公園陸上競技場。最寄り駅は常磐線の東海駅か佐和駅で東京からの時間と距離、それに警備を考えると鉄道の利用が常識的だ。

勝手な予想ではあるが、暑さもだいぶ和らいでいる頃だからドライブにはちょうど良い距離かもしれない。

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1978年5月の高知植樹祭に際して運転されたお召し列車。このときはDE10よりもEF5861とDF50による御料車回送がメインだったが、大学入学直後でアルバイトを始めたばかりだったため余裕がなく、慌ただしく寸暇をついて遠征した。走行写真を撮る時間がなく機関区や駅での撮影ばかりだったが、2カ月前に高知を訪れた際にお世話になった高知機関区の片岡さんに便宜を図っていただいた。

(写真、文:U)

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下2枚はネガカラーで変色が酷い。

2019年8月10日 (土)

長野電鉄に向かう東急5000系

Suさん、いつも情報をいただき、この場を借りて御礼申し上げます。メールでお礼をと思いましたが、どうせですからSuさんからいただくネタにも関連ある、古い写真を引っ張り出してアップしますのでご笑覧下さい。どうか今後もよろしくお願いします。

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掲載したのは1978年2月に撮影した長野電鉄に移籍する東急の旧5000系電車。最終的に東急から青ガエルこと5000系が消滅したのは1980年に入ってからだと記憶しているが、それ以前に長野電鉄への売却は始まっていた。

この当時はまだギリギリ高校生。大学進学は決まってはいたため、翌月から西日本に長い撮影に行く資金稼ぎのためのアルバイトを始めていた頃だ。今考えると普段はあまり関心のない私鉄電車の配給にわざわざ出かけたのは、東急沿線で生まれ育ったせいかもしれない。ただ、この5000系はスマートなステンレスの7000系などと比べると田舎臭いイメージで、多分に気まぐれもまざっていたように思う。

すでに高校の授業は開店休業状態。サッサと抜け出して中央線経由で淵野辺に向かい停車中の列車を撮り、八王子に先回りして入線とDD13で入れ換えする様子を撮影した。
1995年から田園都市線の市が尾を最寄り駅として利用するようになって何度か東急に納入される車両を撮ったが、横浜線内の牽引機はDE10が務めているのは昔も今も変わらない。

Suさん、涼しくなったらまた一杯やりましょう。

(写真、文:U)

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2019年8月 8日 (木)

長万部の歩道橋で

7月の旅行で久しぶりに静狩を訪れたものだから懐かしくなって古い画像を見直していたら、2010年のニセコ・スキー旅行の時に撮った「トワイライトエクスプレス」の写真が目に留まった。このときの旅は3泊4日の日程で、ニセコ入りした日を除きあとの3日は毎朝、1時間半かけて静狩へと通った。しかし初日こそ天気に恵まれたもののあとは吹雪。特に最終日は雲も厚く露出も上がらずニコンD3の感度を1600まで上げても60分の1がせいぜい。今にして思えばISO3200程度に上げても良かったのかもしれないが、当時はまだフィルム撮影からデジタルに転向したばかりで、いくらD3が高感度に強いと分かってはいても鵜呑みにできず、なるべくなら低い感度で使いたかったから1600に押さえた。

静狩の直線は速度が出るからオーバークロスや踏切脇なんぞに立ったら60分の1ではとてもじゃないがブレてしまう。そう考えて前日同様、通過速度の遅い(「トワイライトエクスプレス」は通過、「カシオペア」は停車する)長万部駅構内の歩道橋で待ち構えることとした。
ところがこの歩道橋、華奢な造りで狭いうえに駅に向かう人たちがけっこう利用するものだから、そのたびにぐらぐらと揺れる。そこで60分の1でも列車を止めることは難しいと考え列車に合わせてカメラを振ることにした。

今まで日の目を見なかった以下の写真。

(写真、文:U)

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2019年8月 6日 (火)

撮影地不明のEF5822の写真②

この暑すぎる夏が終わればそろそろニコン、キヤノンの新型フラッグシップ1眼レフ機の噂が流れ始めるだろう。特に来年は東京五輪が開催され、この2社に加えてソニーも台頭しそうだから、これまで以上に他社を凌駕するようなスペックを備えた製品が出るか楽しみだ。
このうちニコンについてはどうやらオートフォーカスのセンサーを見直すなどしてさらに合焦速度が速まりそうで、具体的なことはまだ知る由もないが、噂によるとボディの全高も高くなるとも聞いた。そろそろ今使っているD5を売る算段を考え、順当ならD6として出るであろう新型機への買い替え準備に入らなければなるまい。

撮りたい被写体もなくなったくせに大枚をはたいて買うほどの価値があるかどうか甚だ疑問だが、五輪で使用する報道各社からの注文が殺到し品薄にならないうちにと考え、いつもお世話になっているカメラ店に予約を入れておいた。

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以前、撮影地の記憶がないEF5822の写真を掲載したが、今回はその第二弾。前回と同じく1978年11月7日にオールロネの団体臨時列車を紀勢線に撮りに行ったときのカットだが場所を憶えていない。

こういうカーブを通過する際のEF58は、進入時に車体上部と下部が微妙にずれるからカーブの中間点を越えてからでないとおかしな具合になってしまうこともあった。すなわち車体上部と下部が別の方向を向いてしまうというケースだ。
機関区などでもカーブした線路上に置かれているとそういった状況に出くわしたもので、昨夏の東京総合車両センターで展示された61号機も、入場者から見ることのできなかった1エンド側は下2枚の写真のようになっていたかもしれない。車両基地などで撮影する際、一見良い場所に置かれているとぬか喜びしても、近づいてみたらこんな状況になっていたことはしばしばだった。撮影のためにパンタグラフを上げてくれた心優しい担当者でも構内のスペースの関係などから、直線上への移動はしていただけなかった経験も多く、何度涙をのんだことか。

(写真、文:U)

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2019年8月 4日 (日)

北海道の保存車両

当ブログへの参加がしばらく滞ってしまっている。今年度に入りこれまでの業務以外に役割が2つ増えて実質上三足のわらじを履く状態になったことや、身内の事情に拠ることを言い訳とさせていただく。またこのサイトへアップするシステムが非常に使い勝手が悪くなってしまったことも一因ではある。

そんな数か月間、元号も変わり、還暦も迎え、長雨から猛暑の今日この頃、考えてみれば鉄道の写真を撮るということ自体をあまり考えていない自分に気づいた。撮影と言えば航空機という行動パターンが定着してしまって、また撮影対象に関する運転情報もほとんど入らない(というか求めに行かない)ことでしばらく足が遠のいている。

そんな中、7月に業務出張で北海道に視察に行った折、行程に鉄道関係の施設が入っていたので保存車両であるが少し撮ってきた。これは三笠鉄道村に保存されているキハ82だが、6両が編成で保存されているものは他の車種や形式でも無いのではないだろうか。脇の土手から中望遠で撮るとSカーブを描き、パッと見は走行中とも見える感じに少し感激した。

(写真・文:K.M)

2019年7月 北海道三笠鉄道村にて

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«久しぶりの「カシオペア」撮影

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