北海道旅行で撮った保存車両

前回の記事に続き今回も「道の駅 あびら」のD51320とキハ183、それに旅行初日、旭川の旭山動物園に向かう途中で撮った保存SLをアップする。時間があれば三笠市の鉄道村にも寄りたかったが、富良野の宿「フラノ寶亭留」に早くチェックインして野生動物の観察をしたかったから省略した。

(写真、文:U)

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「オホーツク」マークのキハ183

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「サロベツ」マークのキハ183

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「大雪」マークのキハ183

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D51320


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岩見沢市内の南公園に保存されているD5147とC57144

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美唄市内の美唄鉄道旧東明駅跡地に保存されている美唄鉄道2号機。
国鉄の4110形式と同じだが、これは美唄鉄道が独自に発注した車両。





2019年6月17日 (月)

安平町の「道の駅」に展示されたD51320

北海道旅行最終日の16日、安平町の「道の駅」でD51320の展示公開が始まった。前々日に泊まった富良野の「フラノ寶亭留」でニュースを見てそのことを知り、帰りの飛行機に乗る前に立ち寄ったら車庫の中から出る直前だった。

もともとこのD51は同じ安平町の鉄道資料館で国鉄OBの有志らによって手厚く保守されていたもの。本年4月の「道の駅」開業に当たって移設される予定だったが地震の影響などで少し遅れてのお目見えとなった。全国の静態保存蒸機の中でトップクラスの状態を保っているのは間違いなく、移設先の「道の駅」でも普段は車庫(中に入ることができる)で展示され、特別なときだけ屋外に出される予定という。 屋外に展示される際には隣に保存された183系気動車(こちらも15~16日に設置されたばかりらしい)と並べられ喜ばしい演出となる。
一方、車庫の中は追分機関区や駅関連の資料が集められ、ちょっとした鉄道博物館的なコーナーとなっている。

静態保存されている鉄道車両は数多くあれども、これほどまでに大切にされているものは希少だ。中には保存当初こそ町を挙げて歓迎された車両にも関わらず、年月がたつにつれメンテナンスが行き届かないまま車体の腐食が進んで最後は解体という末路をたどるSLも少なくはないが、このD51320は当初保存される予定だったD51241が火災で焼失した代わりに保存されたうえ、こうやって今なお深い愛情が注がれている、実に幸運な機関車であることは間違いない。

この日はキハ183も「オホーツク」「大雪」「サロベツ」などヘッドマークが変えられて、北海道旅行の最後を楽しむことができた。

(写真、文:U)

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お披露目式に先だって屋外に出されるD51320

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保守を続けてきた国鉄OBとD51320

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キハ183と並ぶD51320

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在りし日の追分機関区扇形車庫の模型

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 D51320は通常、この庫内で展示される

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展示されたナンバープレートなど

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キハ183


 

 

 

2019年6月15日 (土)

撮影地不明のEF5822の写真①

先日、古いネガを見ていたらどこで撮ったのか憶えていないEF5822の写真が出てきた。日付は1978年11月7日だと分かっているのに、場所の記憶がない。EF58については撮影日と場所のメモは残してきたつもりだが、中にはこういうものがいくつかあって自分のずぼらさを今さらながら思い知ることが間々ある。

この日は10系オールA寝台6両の団体臨時列車を撮りに行った。前日の朝8時に東京を出発し紀勢線の白浜に向かった列車で、仲間たちと根府川で撮影後、別の知人と新垂井で再度撮影し、その日の内に和歌山の親戚宅に泊まり7日に某氏と合流、66号機牽引のオールロネを道成寺付近で迎え撃った。この写真はその後のコマで記憶こそないものの白浜か田辺、あるいは道成寺あたりで撮ったと推測される。

大窓でワイパーも原形の機関車だったがご覧の通りヘッドライトが2灯化されていたのが惜しまれる。竜華のEF58は阪和線の大阪と和歌山県境の峠の照度不足から、この手の改造を受けている機関車が多くファンの間では不評だったが、地域的な特徴と割り切れば東京付近では浜松の4号機などを除きあまり見られないスタイルだけに個人的には珍しさが勝った。

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同じ竜華のEF5821や28などとともに比較的早く廃車された機関車で、ひさしのないこの22や同じく大窓の28号機が後年まで残っていたら紀勢線に集まるファンはもっと多かったと思われる。

(写真、文:U)

2019年6月13日 (木)

重装備姿のD51498

このところ年のせいか酒量が減っている。若い頃は焼酎を一升近く空けても二日酔いにもならなかったが、ここ10年ほどは深酒をすると翌日、疲れが残るようになった。9日の甥の結婚式の終了後、参列してくれた親族を接待し深夜まで酒を飲み、一日おいて職場の若手と徹夜で新橋、大井町、蒲田と飲み歩いたら昨日はヘロヘロ。いったん帰宅して風呂に入り40分ほどで出社し、どうにか業務をこなしたものの圧倒的な寝不足で本日休んでしまった。さすがにこのままだと明日からの北海道旅行に差し支えてしまう。今回も妻の好みでかなりの高級ホテルに投宿するから体調を回復しておかなくては堪能できないと判断した。なにしろ宿泊中、全ての飲み物が無料だから貧乏性で意地汚い自分のような飲んべえとしては、アルコールの受け入れ体制をしっかり整えて臨みたい。今宵は軽く焼酎を2合ほどで早く休もうと思う。

酒量が減ったおかげか人間ドッグの取りあえずの結果は好転していたが毎晩酒を飲む習慣は変わらず、そろそろ本気で週に1、2日は休肝日をつくるよう自重したい。

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8年前、東日本大震災の後、高崎のD51498が現役時代のD51499を真似て後藤工場タイプの切り取りデフを付け、集煙装置を装備した姿は非常に重々しい印象で素晴らしかった。ドーム後方の重油タンクこそなかったが、本物の鷹取式よりも背の低い集煙装置は499よりも重心が低く感じられるとともにスノープローと相まってとても厳めしく、大阪で勤務していながら休暇を取って試運転に駆け付けたほどだ。

あれから8年。以来、その姿は再現されたことはないが、もう一度見たいと思っているのは自分だけではあるまい。真偽は不明だがJR東日本が新しい客車を造るという噂も聞こえてくるなか、ヘッドマークを付けずに旧型客車を牽く姿は最高の被写体となるだろう。

(写真、文:U)

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2019年6月11日 (火)

前回記事の後のコマ

8日は人間ドッグ、9日は甥の結婚式に参列し、今週末は北海道・富良野への旅。500ミリ F5・6のレンズを購入後、初めて飛行機とレンタカーを使った旅行に出るので、ようやくその機動力を本格的に実感できることだろう。撮りたい被写体はないに等しいが妻との旅行中、時間を見計らってその威力を試してきたい。

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複数の知り合いからメールをいただき、前回アップした画像の後のコマを見たいとのこと。機関車がカーブに入りさらに回り込むとどんな風になるか知りたいとおっしゃる。もちろん連写しているからもっと接近した場面は押さえているが、あまり回り込むと2両目の本務機EF8195が見えなくなるため前回の写真がベストとお断りしたうえで要望のあったコマをアップする。

2回続けて同一列車の写真を掲載するのはあまりにも芸がなくてお恥ずかしいが、最近は撮影にも行っておらず、リクエストがあったことをこれ幸いに例外的に掲載させていただくこととした。

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ご覧のように2両目のEF8195の側面が隠れすぎ。まして95号機は車体側面の文字が特徴なのだから、ここまで引き寄せた写真はベストショットとは言えず、人様の目にさらすのは恥ずかしい。パンタグラフも重なってしまい重連の価値が半減してしまう。

(写真、文:U)

 

 

2019年6月 8日 (土)

上越線で「カシオペア」撮影

6日は久しぶりに車を使って鉄道撮影に遠出した。被写体は前回の記事にも書いたとおり上越線回りの「カシオペア」。前にEF64の補機が付き4基のパンタグラフを上げ12両の客車を牽く様は、たとえヘッドマークが付かなくとも魅力的だ。

朝5時に家を出て関越トンネルを越え最初の撮影候補地に着いたのは7時半。ザッと足場を確認した後、2カ所目に回ると先ほどの場所に到着したM氏から電話が入った。列車通過まで約4時間、一人で茫洋と過ごすより話し相手がいるのは楽しい。戻って合流することにした。
ここは2012年10月に上越線経由で初のカシオペアクルーズが走った際に偵察しておいた場所だが、そのときは上下線間にロープが張られていたために敬遠した経緯がある。しかしその後、ロープが撤去されているケースもあると知り、上越線の新潟側に行くときは欠かさず下見をしてきた。今回は目障りなロープもなく曇天も重なって好条件。しかもまだM氏とその友人のTさんしかいないから立ち位置は自由に決められる。いずれはここで撮っておきたいと考えていたこともあり、さっそく2人で雑草の除去に取りかかった。

けっきょく「カシオペア」通過時に至っても人は増えず4人のみ。平穏に撮影できることを願いつつも、人気の列車とあればそんなに甘くはないと諦めてもいたから良い意味で裏切られた。
ただし、太陽が雲に隠れ正面や編成側面がつぶれないですんだのは思惑通りだったが、気温も湿度もそれなりに高く陽炎の影響は免れなかった。画像を拡大して細かく見るとどことなくもやもやした部分も目につく。許容範囲内には収まっているが、やはり暑い時期に長いレンズを使うのはハードルが高い。

羽越線内まで列車を追うM氏と別れ、「道の駅 南魚沼」でミズやワラビなどの山菜を買って圏央道経由で帰宅したのは15時ちょうど。新車の慣らし運転にもほど良い距離のドライブだった。

(写真、文:U)

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2019年6月 6日 (木)

大阪駅で「雷鳥」と並ぶEF5836

6日午前4時半、これから上越線に「カシオペア」を撮りに出かけるが、今になってもなお、どこに行こうか定まらない。とにかくファンの大勢集まるところは嫌だから、少しでも人の少ない所を最優先に決めたいが良い場所が果たして見つかるかどうか。
上野から長岡まで先頭に立つEF64は予想通り1051号機。この機関車よりも双頭連結器の1030、1031、1032のいずれかが良かったとの思いは不動だが、もはや機関車が牽く客車列車、それも12両という長い編成で、しかも異形式の機関車が重連というゴージャスな組み合わせはほかには考えられず贅沢は言っていられない。

梅雨入り直前の鉄道撮影、無難に収穫できれば喜ばしい。

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172両存在したEF58の中にはさまざまな特徴をもった個体が存在したが、この36号機は35号機とともに車体の側面、機械室の窓が2つ多いという点で注目されていた。大阪駅でこの写真を撮った1978年5月時点では米原機関区の所属で東海道、山陽本線で使われていた。

個人的には側面の窓の数などどうでも良く、正面の窓が大きいか小さいかだけにしか拘りはなかったから、今もって「それがどうした」としか思っていない。したがってこの写真をスキャンしたものの、隣にボンネットの「雷鳥」でも写っていなかったらブログにアップするのはもっと先になっていただろう。

上の写真をよく見ると2エンド側の窓のひさしが機関士側と機関助手側では形状がやや異なっていることが分かる。また、下の1エンド側の写真では機関士側のひさしがゆがんでいるのも分かるが、まあ、それがどうしたという程度の話。形態分類には敏感だが連絡しても音沙汰もない某氏は周知のことだろうし…。

(写真、文:U)

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2019年6月 4日 (火)

元町のホームで「なは」

6日は久しぶりに上越線を回る「カシオペアクルーズ」を撮りに行こうと考えているが撮影地をどこにするかが問題。今回は上野からEF64の補機が付くらしく曇れば上野~大宮で撮りたいが、東京近郊は天気予報によると晴れだから逆光となってしまい、曇天の予報が出ている新潟地方まで足を伸ばさざるを得ない。2016年の秋に自分の足で調べた上越線沿線の各撮影地を中心に計画を練ってはいるものの決め手に欠き、今もって行き先が定まらないのが悩ましい。

まあ超望遠レンズの大敵、陽炎は出るだろうし、EF64は双頭連結器ではない1051号機に違いないだろうから、あまり片意地を張らずに新車の慣らし運転だと割り切って200~300㎜程度のレンズで気楽に撮って来たいものだ。

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画像は1978年3月に元町で撮影した583系の「なは」。もちろんこの列車を狙いに行ったのではなくEF58の夜行列車や荷物列車が目的だった。しかしながら、あれほど頻繁にやって来るEF58なのに、この日は最悪で大窓機は全く来ず運に見放された一日だった。高校を卒業したばかりで、まだ広島機関区のEF58の運用を把握するようなつてもなく、ただただ運任せに有名撮影地を訪れたら惨憺たる結果となった。

それでも時がたってしまえば、当時はこんな脇役でも今になればブログに使えるのだから残しておいて良かったというもの。あの頃はフィルムを浪費するのを防ぐ意味でも、電車などはほとんど写さないようにしていたから、記録してあったのは幸運だったと言って良いだろう。

後年、社会人になって大阪に転勤してからはこの駅で写真を撮ったことはないが、このガード下の妙な物を売っている薄暗い商店街が不気味で、恐いもの見たさに何度も訪れた。

(写真、文:U)

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2019年6月 2日 (日)

両毛線の特別列車

1996年10月24日に両毛線で運転された特別列車。天皇、皇后だけではなくベルギー国王夫妻が乗ったことから、自分としてはあえて「お召し列車」と呼ぶのを避けたが、旗を掲げて一号編成で運転されたのだからお召し列車と言っても差し支えないだろう。久しぶりに晴れ姿の61号機、沿線には地主と交渉して何日も前から立ち位置を確保する猛者も出たという。

その頃の自分は業務遂行のリーダー的立場で、休みが取れるかどうかは限りなく微妙な情勢だったが、どうにか有給休暇を確保してはせ参じることができたのは、訓練運転もパスして何日も前からその日のために仕事を片づけたから。旗でせっかくの大窓が隠れてしまうことは残念ながらも「お祭り」に参加するのは楽しい。
ただし、当たり前の写真は撮れたにせよ満足感は今ひとつ。人も多く、好きなアングルに立つことはできないのはお召し列車撮影の常ながら、物足りなさはいつものことで、今になってみると本番よりも訓練列車の方が自由にアングルが選べたのではないかと少しばかりの後悔もある。

好きな角度から狙うことを諦め、500ミリレンズを付けたニコンF5を線路に近い位置にセットし無線で遠隔操作、自分自身は線路から少し離れて別のカメラにネガカラー詰め、手前にファンの後ろ姿を入れるという「遊び」を試みた。23年も経過するとネガカラーは退色してしまい、色補正してどうにか見られるよう調えた。
リバーサルで撮った写真はいずれまた。

(写真、文:U)

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2019年5月31日 (金)

田町で撮ったEF5853の「銀河」回送

昨年から通勤経路を大井町経由にしてほぼ毎日通る田町駅、昔は手頃な撮影ポイントとしてホームの東京方でブルートレインなどを狙ったものだ。特に東京駅着の上り列車は東京で客を降ろした後、折り返し品川客車区まで回送されるから、まずは東京駅に向かう列車を大井町などで撮影し、急いで田町に向かうともう一度撮れるというのが利点だった。例えば大井町で上り列車を撮ろうとして京浜東北線などに被られた場合、急いで田町に向かうと東京駅から戻ってくる回送列車を押さえられたわけだ。もちろん東京方にしかヘッドマークが付いていない上りブルートレインではあまり意味がないが、マークのなかった急行「銀河」やEF58の団体臨時列車などを撮る場合は好都合だった。

この写真を撮った1980年5月13日もまさにそんなケースで、大窓53号機が「銀河」を牽いて上ってくるとの情報を受け、大井町で待ち構えていたら京浜東北線に被られ急きょ田町へと転戦し何とか撮影することができた。雲の多い日でオリンパスの300ミリを使ったが増感現像せざるを得ない状況でISO1600にしたもののシャッター速度は250分の1という苦しい状況だった。それでも運の悪い日は1回目の撮影で被られ田町に来ても再度被られるということもあったから、この日は撮れただけありがたい。

当時は下りのブルートレインが通過する16時半ごろになると必ずファンの姿を見かけたものだが、今でも185系の15連「踊り子」や「スーパービュー踊り子」を狙う人の姿をしばしば見かける。夏場は陽炎でクリアな写真を撮るのは困難だろうが、涼しくなる頃まで185系が残っているなら一度は行っておきたいポイントのひとつだ。

(写真、文:U)

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«EF58の「ひゃく」

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