2018年8月18日 (土)

またしても田園都市線

今回もしつこく東急の8500系06編成。
近所に借りている家庭菜園に行った帰り道に撮ったカット。これまでよりもさらに長いレンズで撮ってみた。暑い日だったが風があって陽炎の影響はそれほどでもないと1000ミリ近い画角で捉えたもの。
(写真、文:U)


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2018年8月16日 (木)

かつて撮影した東急の車両

11日の記事のようにこの夏は暑さにギブアップして家のそばで田園都市線を撮るのが精一杯。Tさんのように国鉄色に戻されたEF65PFも撮りたいが、もう少し涼しくなって体調も安定してからのお楽しみとなりそう。

久しぶりに以前撮影した東急の写真を見ていたら忘れかけていた写真が目についたので何枚かアップしたい。ただただ暇つぶしを兼ねて撮影したもので恥ずかしいものだが、今は消えてしまった車両ということで掲載する次第。

(写真、文:U)

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2013-5-11 惜別マークが掲げられた引退間近の8090系。会社帰りに雨の中で撮影したカット。

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2008-4-5 気まぐれに出かけた際の1枚。

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2007-7-1に運転された8000系急行。

2018年8月15日 (水)

EF8195牽引カシオペア紀行返却回送

週末は、土曜日に続いて日曜日も3時起きで朝練。EF8195のカシオペア紀行復帰初戦は台風のためにあっさり諦めてしまったし、第2戦も金曜日で出撃は叶わず、仕方なく日曜日の早朝の返却回送へ。

最初は望遠の使える別のポイントに向かってみたが、暗くてよくは確認できなかったものの手前の夏草が茫々の様子だったので、無難な蕨のストレートに転戦。生憎、厚い雲があってかなり暗く、昨日同様ISO2500がやっとだったが、EF8195の鮮やかな赤白の車体は、屋根上まで綺麗だった。最近、特急色の青い機関車や貨物列車ばかり追いかけていたので、赤い電機が牽くカシオペアもいいものだ。

そういえば、昨年もこの時期(814日)に小雨の降るなかISO3200EF8181をここで撮ったのを思い出したが、回送時刻が今年からかなり早まったので、上りの返却回送が撮影できるチャンスは本当に減ってしまった。(昨年の写真は再掲)

しかしながら、こうして比べると、昨年とまったく同じアングルで、1年間ひとつも成長をしていない自分に反省することしきり。早朝からご一緒させていただきました皆様、お疲れさまでした。(写真・文:TDsc_2288_001_2
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2018年8月13日 (月)

EF652101牽引3097レ

2週続けて週末の土曜日はEF6552101狙いで出撃。しかも、今回は3097レなので早朝朝練もいいところで、2時半起きで3時には自宅を出発。運用通りに流れてくることにヤマを張ってみたが何とか的中し、満コキの貨物列車の先頭にたつ凛々しい姿を高崎線内で収めることができた。まあ、未明まで栃木や埼玉北部は雨に見舞われていたので、ISO2500でシャッターをきれただけでも儲けものだが、早朝でもあり邪魔をされずに自分の好きな構図で撮れたのはよかった。ISO2500で撮ったので前面が荒れているのかと思ったが、よく拡大してみるとクリーム色の警戒色にはそれなりに汚れが付いてきているようで、全検明けの綺麗な姿はそろそろ撮り納めが近そうだ。

さて、最近EF65PFを追いかけていて改めて思うのは、EF64との面構えの警戒色の塗り分けの違い。こうして並べると一目瞭然だが、ロクヨンの場合はクリーム色の警戒色は運転席の窓から下の部分だけだが、ロクゴの場合にはP形も含め、運転席窓の上からクリーム色の警戒色になっていて下はテールランプのラインまでなのでかなり印象が異なる。またロクゴの場合には、サイドにもクリーム色の帯が施され、個人的な趣味としてはデザイン的にEF65の方がお洒落だし、特急牽引機の威厳を誇っているような印象を受ける。一方、ロクヨンの塗り分けは、「山男」に相応しいゴツい印象も受け、何だかんだ、よく考えられた塗り分けだと感心してしまう。要は、更新色ではなく、原色が一番見慣れていて、カッコいいということか。

ところでEF652101だが、クリーム色プレートにスノープラウだけでなく、ステップに白線が入っているので、貨物列車の先頭にたっても特急牽引機だった頃の面影を感じさせてくれ、まあそのあたりが人気の罐たる所以なんだろう。(写真・文:TDsc_2273_005
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2018年8月11日 (土)

東急田園都市線の車両

このところブログの記事をK・MさんやTさんに任せっぱなしで申し訳ない。いろいろな事が身辺で重なり記事を書く気力が失せているが、気持ちを奮い立たせて少しずつでも携わっていきたいと考えている。

久しぶりに自宅のそばで田園都市線を撮った。車で10分ほどのところで列車通過5分前までエアコンの効いた車内で待機できるから体力的に楽なのが嬉しい。今の自分にはせいぜいこの程度のお手軽な撮影がやっとという感じだ。

最近、8500系06編成が注目を浴びているらしく朝、会社に行く際も、たまプラーザや宮前平付近でカメラを構えている方々がこれを狙っている。行き先表示が字幕式でスカートがなく原形に近い姿が人気のようだ。電車にあまり関心のない自分としてはこれまで意識したことはないが、2020系の新編成が増備されれば、いの一番で廃車になる可能性が高く、そういう意味では早いうちに撮っておかねばならない車両であるのは間違いない。
クソ暑いこの夏、通勤時に8500系が来るとエアコンの効きが悪くウンザリさせられるし、シートの端の仕切りが手すりで、そこに座るとドアの横に立つ客と接触するのが不快だから、乗ることには抵抗があるが貫通扉付きの外観はほかの車種よりは好ましい。

06編成以外の車両も撮ったから少し掲載するが、この場所、このところ人が増えつつあって先日も挨拶のできない、バカ親に育てられたクソガキに不快な思いをさせられた。今後、8500系の淘汰が進みにつれてそういう事例も増えていくと思うから立ち位置の限定されるここで撮るのは今のうちだろう。

(写真、文:U)


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2018年8月 9日 (木)

EF58解体展示場

「EF58解体展示場」という、なんとも物騒な催しが1984年に開催された。

EF58の解体で一番ショッキングだったのは元お召機EF5860の大宮工場での解体風景が雑誌に載ったとき。バーナーで焼き切られ、重機で引きちぎられる光景は永年追いかけてきた者としては切ないものがあった。もちろん、その前には蒸気機関車なども大量に解体はされているが、やはり思い入れのあった特定機の姿は別次元のものだった。

さて、この解体展示場、1984年8月に浜松機関区でのイベントで行われたもの。このときはEF59やEF63、ED621やED601、DD161、ED182など盛りだくさんの展示機で結構楽しめたが、開場入口に掲げられたこの物騒な看板は、何か元浜松区の60号機の事件が頭をよぎるものがあった。

しかし会場に入ってみると日の丸を交差させたEF58169の台車とボディーが分離されている姿があり、この要部検査中のものを「解体」と称していたものとわかり少し安堵した。

(写真・文:K.M)

1984年8月26日 浜松機関区にて

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2018年8月 6日 (月)

EF652101牽引新京成N800形甲種

1週間前の週末は、台風直撃だったので、さすがにカシオペア紀行に95号機の登板とは言え、夏風邪で体調も最悪だったので、無条件にパス。

 

この週末はというと、どうやら新京成の甲種8862レに2101号機が登板が確実のようだった。38度の猛暑とか、夏休み真っ最中で東名や真鶴道路などド渋滞とか、最近はSNSでも大人気の罐なので有名撮影地はどこも大混雑、とかいう状況は200%承知していたが、まあ行かないで他人様のツイッターを指を銜えて眺めているよりは、ダメ元で出撃を決意した。

時間帯としても光線はどこでも最悪だし、待ち時間の暑さ地獄もどこでも同じ、ということで2つほどの目的地を思い描きながら11時前に自宅を出発したものの、ナビ上ではどちらも到着予定時刻は14時半過ぎくらい片道3時間半はかかる様相だった。途中の東名では案の定東名川崎から横浜町田までびっしりの渋滞。結局目的地には何とか15時現着。たっぷり4時間以上かかった計算だ。場所はまだ確保できたし、周囲の皆さま方も和気藹々の雰囲気だったので、何も嫌な思いもしないで撮影することができたのが幸い。

 

踏切工事だか架線周りの黄色いのが背景にかなり目立ってしまって予想外だったが、陽炎の影響は殆ど受けずに済んだので、往復の運転だけで8時間以上かかったが来た甲斐はあったというもの。

 

このポイントも熱心な追いかけ組の方々も多数合流され、最終的にはかなりの人数になったが、各沿線では猛暑にも拘わらず、相当な人出だったようですね。武蔵野線内や蘇我での闇鉄のお写真もツイッターで拝見し、世の中2101号機フィーバーになっていることを改めて思い知らされました。まだまだEF652101の人気は続きそうです。(写真・文:TDsc_2211_001
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2018年8月 5日 (日)

British Airways 英国航空のB727

今はエンジン2基の双発ジェットが主流であるが、以前は4発機、DC8、B707,B747などが活躍し、その後B727、トライデント、DC10、L1011などの3発機が多く就航していた。

3発機はその奇数エンジン数から必ず機体の真ん中のどこかに第二エンジンが配置されるわけで、そのフォルムは個性際立ち大好きだった。特にL1011トライスターの第二エンジンと垂直尾翼の曲線はまさに芸術的であり、おそらく航空機のデザインの中で一番好きなパーツである。

世界を席巻した3発機はやはりB727。日本でも大活躍し、世界どこにいっても当たり前のように飛んでいた。

ここに紹介するのはBA(英国航空)のB727、おそらくあまり世に出ていないものである。というのもBA自体はB727を導入していないから。ということはこれはフェイクとか宣伝材料、試験塗装といった特殊なものかというと、そうではなく、普通に旅客を乗せて就航していた。

撮影時期は1996年、場所は南アフリカのヨハネスブルグ空港。当時ロンドンに駐在していたので、金曜の夜間フライトで飛び、土曜・日曜と撮影後、月曜早朝にロンドンに帰る(そしてそのまま出社)というトンボ返りで撮りにいったもの。現地で知り合った空港スタッフに空港内のランプショットまで連れていってもらったりと、充実な撮影であった。

さてこのB727、この撮影行の少し前にアフリカのCOMAIRが買収でBA系列になったために塗装変更が行われた直後のもの。よく見ると機種にCOMAIRとの記載が見える。当時、私が撮ったこのランプショットの写真がイギリスの航空専門誌の表紙を飾ったのも懐かしい思い出。

(写真・文:K.M)

1996年11月 ヨハネスブルグ空港にて

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2018年8月 3日 (金)

日常の機関区風景

地方で撮影をするとき、機関区や運転所にお邪魔してそこに居る機関車の撮影をしたり、臨時列車や機関車運用の情報収集、ダイヤグラムの調達などでもお世話になっていた。今でこそ現場への立ち入りがほとんど不可能になっているが、当時はごく当たり前の行動だった。

1984年の1月、浜松機関区のEF58が東京機関区での台車検査に入ったことの代替で、東京機関区のEF58が汐留ー浜松間の荷物列車に充てられた。運よく61号機が充当されたため浜松機関区を訪れると並ぶ機関車の中にEF5861が居た。最初は倉の中に入っていたが、暫くするとパンタを上げて倉から出てきてSGの試験を始めた。

すごい勢いで白い蒸気を吐きだすロクイチをかなり近場から撮影出来て満足であったが、この年がSGを使う最後となり、この数か月後にSGの使用が停止された。

横に並ぶ機関車の面々も当時はごく当たり前の面子であるが、今となってはそれぞれが懐かしいものとなっている。

(写真・文:K.M)

1984年1月14日 浜松機関区にて

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2018年7月31日 (火)

成田に帰ってきたエアパシ

7月から「エアパシ」が成田に再就航・・・ということを聞いて、少し調べてみても、なかなか情報が出てこない。。。。はて?と考えてみて、エアパシと呼んでいたエアパシフィックは今はフィジエアウェイズになっていたことに気づき、そういえば香港でも毎日夕方にやってくるA330を何度か撮っていることを思い出した。

成田に来ていたころはB747ジャンボが充てられ、その後B767になったような記憶があるが、今は塗装も変わり機種もA330,そして時間帯も夏場でもギリギリの夕刻の降りとなっては、あまり食指も動かない。

1993年に成田空港の制限区域で駐機中のジャンボを撮った記録が出てきた。

(写真・文:K.M)

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